2022年の大ヒット映画『トップガン・マーベリック』で描かれた軍事作戦については、少々引っかかった人もいるのではないでしょうか。国際法の観点からはどう評価されるのか、米英すらドン引きしたイスラエルの軍事作戦を基に一考します。

世界的大ヒットを記録した『トップガン・マーヴェリック』

 2022年、日本では約1400作品もの映画が上映されました。その中でも、連日多くの人々が映画館に通い、大ヒットを記録したのが『トップガン・マーヴェリック』です。

 この作品は、今から36年前の1986(昭和61)年に公開された『トップガン』の続編であり、主演のトム・クルーズ演じる海軍の戦闘機パイロットであるピート・“マーヴェリック”・ミッチェル海軍大佐がある作戦を遂行するべく、再びカリフォルニア州サンディエゴにあるノースアイランド海軍航空基地に舞い戻ってくるところから物語がスタートします。

「バビロン作戦」から見た『トップガン・マーヴェリック』 劇中...の画像はこちら >>

アメリカ海軍空母「ニミッツ」から発進するF/A-18E「スーパーホーネット」(画像:アメリカ海軍)。

 2022年5月27日に上映が開始された『トップガン・マーヴェリック』は、国内興行収入134億8000万円、同観客動員数約835万人という、2022年に日本で公開された実写映画として最高の成績を記録します。

 また日本のみならず、『トップガン・マーヴェリック』は世界的にも大ヒットを記録しており、世界歴代映画興行収入では第11位(約1900億円)となっています。

※以降、本記事には映画内容の軽度のネタバレになりかねない情報が含まれますのでご注意ください。

「あの作戦」は法的にどう評価される?

 ところで、この作品の中でも特に盛り上がるポイントが、後半の戦闘機を使った極秘作戦のシーンです。かいつまんで説明すると、ある国で国際法に違反して建造が進められているウラン濃縮施設を破壊するべく、アメリカ海軍の艦載戦闘機F/A-18E/F「スーパーホーネット」によって敵の領域に侵入するという内容です。

 劇中では、この作戦に関する法的な説明は特になされませんでしたが、しかし現実的に考えれば、いくら違法に核兵器を開発しているとはいえ、他国の領域に侵入して関連施設を破壊するというのは、国際法上、問題があるようにも見えます。それでは、実際の世界での出来事と仮定した場合、法的にはどのような説明が可能なのでしょうか。

 実はそれを考えるにあたり、参考になる事例が1981(昭和56)年に発生しています。

それがイスラエルによる「オシラク原子炉攻撃」、イスラエル側呼称「オペラ作戦」、またの名を「バビロン作戦」です。

作戦に関するイスラエルの主張

 1981年6月7日、イラクの首都バグダッド近郊にある研究施設にてフランスの技術提供を受け建造が進められていた「オシラク原子炉」に対し、イラク領内に侵入したイスラエル航空宇宙軍のF-16戦闘機が爆撃を実施しました(作戦には同軍F-15も参加)。これにより原子炉は破壊され、イスラエル航空宇宙軍機は全機、無事に帰投することに成功します。

「バビロン作戦」から見た『トップガン・マーヴェリック』 劇中の作戦はシロ? クロ?
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イスラエル航空宇宙軍のF-16戦闘機、2022年11月30日撮影(画像:アメリカ空軍)。

 この作戦に関して、イスラエルは翌日の6月8日に国際連合(国連)安全保障理事会へ書簡を提出し、その経緯などを説明しました。

 それによると、オシラク原子炉は核爆弾を製造する施設であり、その標的はイスラエルだったとしています。そのうえで、原子炉の稼働が近づいてきたとの情報を入手したため、放射能汚染によるバグダッドの民間人などへの被害を避けるべく、稼働前のタイミングで攻撃を実施したと主張しました。

 肝心の法的な説明に関して、イスラエルは自国とイラクが1948(昭和23)年以来、戦争状態にある点や、核施設に関する国際的な査察制度などには抜け穴がある点、さらにイラクによるウラン購入は科学研究目的というよりもむしろ兵器転用を目的とするものと見た方が理に適っている点など、さまざまな根拠を挙げました。そのなかでも、特に注目されたのがいわゆる「先制自衛(anticipatory self-defense)」に関する主張です。

 国際法上、国家が武力を行使できるのは、国連による集団安全保障措置を除けば、自国や自国と密接な関係にある他国に対する「武力攻撃(意図的かつ一定のレベルを超える軍事攻撃)」が発生した場合の自衛権の行使に限られます。

 この自衛権の行使に関して、特に第2次世界大戦後の核兵器の登場を背景に、敵による攻撃を実際に受けてからではなく、その脅威が差し迫った場合に先んじて自衛権を行使できるという考えが登場してきました。これが「先制自衛」です。

 つまりイスラエルとしては、上記の根拠を踏まえつつ、オシラク原子炉の存在が自国に対する差し迫った脅威であった、と説明したわけです。

国際社会から厳しく非難されたイスラエル

 しかし、こうしたイスラエルによる説明に対して、国際社会からの反応は相当に厳しいものでした。

 国連安全保障理事会は、このイスラエルの行為を「国連憲章および国際的な規範に対する明白な違反」として非難する「決議487」を全会一致で採択します。さらに、国連総会決議ではイスラエルの行動を「侵略行為」とまで断じました。

 また、先制自衛に関して肯定的な態度をとってきたイギリスやアメリカまでもが、イスラエルの行動を非難した点は特に注目されます。イギリスは、当時の状況では「イラクによるイスラエルに対する差し迫った脅威」は発生していなかった点、そしてアメリカは、イスラエルが外交的な手段を尽くさなかった点を理由に、それぞれイスラエルの主張を認めなかったのです。

「バビロン作戦」から見た『トップガン・マーヴェリック』 劇中の作戦はシロ? クロ?
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イスラエル軍F-16のキルマーク。6.5機のシリア機撃墜とイラク原子炉の破壊を意味する(画像:MathKnight、CC BY 3.0〈https://bit.ly/3jsJ07X〉、via Wikimedia Commons)。

 このイスラエルの前例を基に考えると、『トップガン・マーヴェリック』における軍事作戦は、一見すると国際社会からの厳しい批判にさらされていた可能性が高いようにも思われます。ただしオシラク原子炉攻撃に関しては、イラクが核の拡散を防止する国際的な枠組みに参加し、国際機関からの査察を受けていたことが、国際社会の反応を左右していたと考えられています。となると、たとえば劇中に登場した某国がそうした枠組みに参加していないか、あるいは当該施設の査察を拒んでいた場合で、かつ核兵器を開発しているという確たる証拠がある場合には、国際社会の反応が違ったものになる可能性も捨てきれません。

 映画の世界に現実のロジックを当てはめてあれこれ論ずるのは無粋でしょうが、しかしそうした視点から作品を楽しんでみるのも、たまには面白いものなのかもしれません。

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