大砲を撃つ自衛隊員は、実は自衛隊のなかでも“花形”のひとつ。それを運用する部隊は、大砲を効果的に着弾させるために奔走する多数の裏方が存在します。

撃てばいいというわけでは決してない、知られざる役割を取材しました。

「特科」って何している部隊?

 2023年7月中旬、陸上自衛隊において大口径火砲を運用する部隊のひとつ、東北方面特科連隊を取材しました。他国でいう砲兵にあたる部隊のことを、陸上自衛隊では「特科」と呼んでいます。

 特科の役割は大砲を撃って敵を攻撃することですが、目標地域に正確かつ効果的な射撃を行うためには、大砲を撃つ以外のさまざまな役割を担った部隊のサポートが必要不可欠です。

 今回、そういった言うなれば「裏方」的存在の部隊も取材することができました。そこで、普段はなかなか見ることのない、それら支援部隊の動きを紹介しつつ、大砲の射撃について解説してみましょう。

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実弾射撃を行う東北方面特科連隊の155mmりゅう弾砲FH70(武若雅哉撮影)。

 東北方面特科連隊は、2020年3月の部隊改編に伴い、旧第6特科連隊と旧第9特科連隊が統合してできた新たな部隊です。岩手県滝沢市にある岩手駐屯地に連隊本部と情報中隊、第2特科大隊、第4特科大隊が所在し、残る第1特科大隊と第3特科大隊は福島県郡山市にある郡山駐屯地に所属しています。

 主要な装備品は155mmりゅう弾砲FH70です。1983(昭和58)年から陸上自衛隊に配備されており、今年で運用開始40年を迎えたベテラン装備ですが、まだまだ第一線級の火砲として用いられています。

 陸上自衛隊の野戦特科部隊には2023年現在、最新の19式装輪155mmりゅう弾砲がFH70の後継として配備され始めていますが、東北方面特科連隊に引き渡されるのはまだ先になるそうです。

 こうした新たな装備品の取得が進められているなか、なぜ第6特科連隊と第9特科連隊は統合し、実質的に規模を縮小した東北方面特科連隊へと改編されたのでしょうか。そこには、「防衛計画の大綱」や「中期防衛力整備計画」によって、陸上自衛隊の火砲(自走砲含む)を定数300門まで削減し、それに伴い部隊の整理を行うことが定められたからです。

 これに基づき、第6特科連隊と第9特科連隊は火砲と人員を集約した東北方面特科連隊として生まれ変わったのでした。

大砲撃っている隊員はほんの一部

 しかし、現場でやること自体は、従来と何も変わっていないと言います。それもそのはず、戦場における野戦特科部隊は、前進する味方部隊を掩護(えんご)するため、敵の陣地に砲弾を撃ち込み、防御戦闘をする味方部隊を掩護する時には、侵攻してくる敵部隊に砲弾の雨を浴びせる、これが主任務だからです。

 ただ、文字にすると簡単なようですが、その射撃は一筋縄ではいきません。なぜなら、大砲を単に射撃するだけではなく、敵(目標)に対して効果的に弾雨を降らせないといけないからです。野戦特科部隊が装備する火砲は、小銃や機関銃などのように、直接目標を視認して照準・射撃するわけではありません。射程は数kmから数十kmにもおよぶため、直接目標が見えない状態で正確に射撃をする必要があります。

 これは「間接照準」と呼ばれる射撃方法です。これならば、山の反対側など見えない場所に目標があっても正確に射撃することが可能ですが、それを実現するには、火砲を直接扱う「砲班」、部隊の目となる「前進観測班」、砲弾の弾道計算に必要な気象情報を提供する「気象班」、いつ・どこに・どれだけの砲弾を降らせるのかをコントロールする「射撃指揮班」、そして、これらの部隊を繋げる「通信班」が、有機的に能力を発揮する必要があります。

自衛隊「大砲ドーン!」はごく一部? 見えない目標に砲弾の雨を―知られざる“裏方”たちの奔走
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宮城県にある王城寺原演習場の一角に布陣した東北方面特科連隊の戦砲隊。
並んでいるのは155mmりゅう弾砲FH70(武若雅哉撮影)。

 では、これら部隊の動きを順番に見ていきましょう。まずは花形ともいえる砲班です。砲班には、1門の155mmりゅう弾砲FH70とリーダーである砲班長、そして5名から8名程度の班員が配属されます。これを1つの単位として、複数の砲班と、射撃に必要な弾薬班が集まった状態を戦砲隊と呼びます。

 この戦砲隊が正面に立ち、実際に射撃を行う部隊の単位といえます。

命中精度高めるために必須の気象観測

 しかし、戦砲隊からは目標が見えません。そこで登場するのが前進観測班です。前進観測班は、目標が見える地域まで車両や徒歩、場合によってはヘリコプターなどを使用して移動し、目標が見える高い場所に拠点を作ります。この時に作る拠点は最低でも2箇所。多ければ多いだけ多角的に砲弾の着弾を観測できるため、4箇所や5箇所ほど設ける場合もあるそうです。

 ちなみに、前進観測班の観測能力を補完するのが、ドローンです。

観測班は目標地域から近い場所にいるため、そこからドローンを飛ばせば、より高い場所から観測でき、砲弾の精度もより向上するといいます。

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東北方面特科連隊の砲班。写っているのは一部の隊員で、砲1門につき概ね5~8名の隊員が就く(武若雅哉撮影)。

 目標が見え、戦砲隊も準備が整いました。しかし、これだけではまだ射撃をすることはできません。次に紹介する気象班によって収集された気象データも必要になるのです。

 気象班は、トラックに乗った可搬式の気象観測装置を使って、文字通り気象観測を行います。野戦特科部隊の気象班が収集するデータは、砲弾が飛翔する予定のコース上の天気です。撃ちだされた砲弾は、推進装置を持っていないため、放物線を描いて飛翔したのち落下します。

 その間に受ける風向きや風向、気温、湿度などの空気の密度も観測し、目標にきちんと降り注ぐよう精度を高める一助を行います。ちなみに、より長距離の射撃を行うには地球の自転も計算に入れるとか。それらのデータは射撃指揮班に送られ、活用されます。

最初に展開して最後に撤収、どんな部隊?

 射撃指揮班は、野戦特科部隊の頭脳といえる組織です。ここでは、他部隊からの射撃要求を受けた後に、戦砲隊に対して射撃に必要なデータを知らせます。その内容は大きく分けると射角、方位角、そして装填する装薬の数などです。これらは全て数値化されていて、射表と呼ばれる計算式に当てはめることで、射撃に必要な数値を導き出せるようになっています。

 こうして出された数値を基に、各砲班は定められた数値通りに砲を操作し、示されたタイミングで砲弾を発射していきます。

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前進観測班の弾着観測の様子。演習場なのでこのようなコンクリート製の構造物の中に入っているが、実戦ではさまざまな場所に布陣する(武若雅哉撮影)。

 最後に紹介するのが通信班です。

 通信班は、それぞれ離れた場所で活動している各班を繋ぐ役割を持っています。無線も併用するとのことですが、傍受や電波妨害を警戒して、有線で通信網を構成することがメインとなっています。そのため、真っ先に現場へ進出し、有線を設置。射撃後もそれら有線を回収してから帰るため、最後に現場を離れる、まさに縁の下の力持ちとして知られています。

 各班を繋ぐ通信は作戦の成功に大きく関係するため、通信班は「通信必達」というモットーを掲げていました。

 こうして、さまざまな支援部隊が動いて初めて、155mmりゅう弾砲FH70は所定の性能を発揮できるといえるでしょう。今回は東北方面特科連隊の動きを基に解説しましたが、ほかの野戦特科部隊もおおむね同じです。

 駐屯地記念行事や富士総合火力演習(総火演)などで見る野戦特科部隊の動きは、この中の砲班だけを主に描いています。会場に流れる無線の音声では射撃指揮班の声も入りますが、これら以外にも多くの隊員がそれぞれの役割を果たすことで、初めて野戦特科部隊は1発の砲弾を発射することができるのです。

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