ウクライナ関連やパレスチナ問題などの報道でたまに見聞きする「主力戦車」という呼称、これはいったいどんな戦車を指すのでしょうか。
なんでもこなせる戦車が登場したのが理由?ロシアによるウクライナ侵攻や、2023年10月から戦闘状態に突入したイスラエルとパレスチナ自治区ガザのハマスを巡る戦いなどの報道では、頻繁に「主力戦車」という呼称が出てきます。
日本の主力戦車の中では最新型の10式戦車(画像:陸上自衛隊)。
これは、第二次世界大戦以降、戦車の種類がおおむね一本化されたことに理由があります。大戦中の戦車は、軽戦車、中戦車、重戦車、歩兵戦車、騎兵戦車、巡航戦車、駆逐戦車など、様々な分類、呼び方がありましたが、大戦末期にこれらの戦車のいいとこどりをしようとした戦車が登場します。イギリスの「センチュリオン」です。
主力戦車は英語だと「Main Battle Tank(メイン バトル タンク)」を略して「MBT」と呼ばれます。「センチュリオン」は機動性・防護力・攻撃力などの性能を十分なレベルで備えており、戦車に求められるあらゆる任務をこなすことができる、戦車部隊の“主戦力”だったため、後に主力戦車と呼ばれるようになります。
もともと、イギリス陸軍は戦車対戦車を想定した機動戦向きの巡航戦車と、重装甲で歩兵を援護する歩兵戦車とに分けて開発していましたが、これは問題だらけだったことが大戦中に露見します。
巡航戦車は機動力があるものの装甲が貧弱で、戦車砲も進化著しいドイツ戦車相手には力不足でした。歩兵戦車に関しては、重装甲、重火力こそ確保できましたが、そのせいで自重が重すぎて速度が出ず、機動力を活かした戦闘ができないという状態でした。
この失敗で、問題は大きな砲と重装甲を持つ車両を満足に動かせない貧弱なエンジンが問題と悟ったイギリスは、航空機用の「マーリン」エンジンを元に開発した高出力エンジンを戦車に搭載することを考えます。
巡航戦車と歩兵戦車のいいとこ取りで最強戦車に!戦車用に改造された「マーリン」エンジンは、それまでイギリス戦車が搭載していたエンジンの倍以上の出力があり、重装甲、重火力、高機動性という巡航戦車と歩兵戦車の特性を両立しうるものでした。
こうして1945年4月、これまで各種の戦車が分担していたあらゆる任務の兼務を理想とした万能戦車として主力戦車の元祖ともいわれる「センチュリオン」が登場しました。

主力戦車の元祖「センチュリオン」(画像:帝国戦争博物館)。
同戦車は17ポンド砲を搭載し、当時の難敵だったドイツのティーガーI重戦車と撃ち合える火力を有すると共に、厚い装甲と高い機動性を持っていました。
結局、第二次大戦には実戦投入されないまま終戦を迎えましたが、その後の朝鮮戦争、中東戦争、印パ紛争などでその高い性能を示すこととなります。この「センチュリオン」を始まりとして、第1世代主力戦車と呼ばれる車両が、戦後の東西冷戦のただ中に各国で開発されることになります。
なお正式に「Main Battle Tank(MTB)」と呼ばれるのは1960年代のイギリス戦車「チーフテン」が元祖ですが、さかのぼってそれ以前から万能の性能を持った戦車として「センチュリオン」を第1世代としています。
東西冷戦で急速に一本化されていく第1世代の主力戦車は、まだそれほど万能化が完全ではなく、機動力や火力を補うために軽戦車や重戦車と併用された時期もありますが、エンジンの高出力化や装甲の技術革新、砲弾や砲身の進化、戦訓の積み重ねにより、戦車の種類は火力、機動力、防御力をバランス良く持つ主力戦車へ集約されていくことになります。
その象徴のひとつが、冷戦期のソ連軍を基幹とするワルシャワ条約機構軍が計画した「縦深攻撃」です。西側諸国に侵攻すべく、東西ドイツ国境全域に配備した1万両以上の戦車を主力とする部隊によって敵の戦線を破壊する計画により、戦車装備の共通化と運用の平準化が急速に進み、加盟国の地理的事情なども関係なく、戦車はT-55やT-72など、ソ連系の主力戦車で一本化されます。
対するNATOなどの西側諸国でもこれは同じです。国の地形や思想により自動装填装置の有無や機動力と防御力どちらを重視するか、といった差異はあるものの、砲身に関しては、西側で共通の砲弾を使用するという観点から、第2世代主力戦車は「ロイヤル・オードナンスL7」、第3世代以降は「ラインメタル 120mm L44」などの砲身を採用しました。加盟国はそれらをライセンス生産し搭載したり、同じ仕様のものを自国開発したりするようにもなりました。

最も普及している主力戦車のひとつである「レオバルト2」(画像:ドイツ連邦軍)。
冷戦終了後はコスト削減のため、主力戦車を小型化したような軽戦車も登場。インドネシア・トルコ共同開発のMMWTやアメリカ陸軍でも軽戦車相当の火力支援車両である「MPF」の調達を2022年6月から行っています。また、陸上自衛隊の16式機動戦闘車のように、主力戦車の数の穴埋めを装輪戦車が行うケースもあります。
しかし、基本的な任務を万能にこなせる主力戦車が陸上戦において重要なのは変わりません。さらに大きな技術革新でもない限りは、主力戦車が文字通り“主力”として使われることになると思われます。