ベトナムでは、外国製の戦車を国宝に指定しているとか。一体どういうことなのか、展示されている博物館に行ってみると、歴的な経緯と、指定された理由を知ることができました。

近代兵器を国宝にするベトナム

 国宝と聞くと、造られてから数百年以上経った歴史的な遺産を連想するでしょう。しかし、ベトナムでは20世紀に大量生産された現代戦車を国宝として指定しています。

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「ベトナム軍事歴史博物館」に展示されているT-54B戦車843号車。周りにはサイゴン陥落時の写真が並べられている(布留川 司撮影)。

 ベトナムが国宝に指定した戦車というのは、旧ソ連(現ロシア)で開発されたT-54戦車です。この戦車は1948年頃から配備が始まり、ソ連で約3万5000両が生産され、さらに改良型のT-55も約2万7000両が生産されています。

 この生産数だけでもかなりの量ですが、当時のソ連の友好国でもライセンス生産などされているため、一説にはその生産数は戦車史上最多となる10万両にのぼると言われています。

 ある意味、T-54は大量生産された工業製品であり、骨董的な価値などない現代兵器なのに、なぜ希少性の高い国宝として指定されたのでしょうか。

 国宝に指定されたT-54は、2025年現在、ハノイ市近郊にある「ベトナム軍事歴史博物館」に展示されています。筆者(布留川 司:ルポライター・カメラマン)は現地を訪れた時に、その「国宝戦車」を見てきました。

南ベトナム政府崩壊で先鋒を務めた記念すべき車体

 ベトナムの国宝になった戦車はT-54Bで、個体を識別するために843号車と呼ばれています。国宝指定を受けたのは2012年ですが、そこに至った理由はこの戦車がベトナム戦争終結の象徴的な事件となった1975年4月30日のサイゴン陥落に参加しており、その際に南ベトナム政府(当時)の大統領官邸に突入した戦闘車両だからです。

戦車って国宝になるの!? 10万両ある中で「最高待遇」を得た車体 じつは歴史の生き証人でした
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T-54B戦車843号車を見学する人々。来歴だけでなく、戦車というビジュアルは人々を惹きつけるようだ(布留川 司撮影)。

 4月30日の早朝、北ベトナム軍はサイゴン(現ホーチミン)市に進軍し、南ベトナム(当時)の最後の元首であったズオン・バン・ミン大統領は北ベトナム軍に対する戦闘終結と無条件降伏を宣言。その後、この843号車と59式戦車(T-54Aを中国でライセンス生産したもの)の390号車が最初に南ベトナムの大統領官邸に突入しました。

 最初に大統領官邸に到着したのは843号車でしたが、通過しようとした正門脇の副門が小さいため引っかかり立ち往生。後から来た390号車は広い正門から突入して、官邸への一番乗りを達成しています。

 1975年当時、ベトナム戦争はアメリカ軍の全面撤退によって北ベトナム側が優勢となり、南ベトナムの敗戦は明らかな状態でした。アメリカ軍は、サイゴン陥落に備えて同年4月29日から在留アメリカ市民と一部の南ベトナム市民を脱出させる「フリークエント・ウィンド作戦」を行っており、南ベトナム政府の崩壊も秒読みの段階といえました。

 そんな渦中で2両の戦車が大統領官邸に突入したこと自体は、大局的に見ればそれほど大きなことではありません。しかし、歴史の観点から見ると、1950年代から続いた北ベトナムと南ベトナムの対立による長い戦争の終結を象徴するものであり、戦車というものはそのシンボルになり得るものだったのでしょう。

同じT-54でも扱いの差、ありすぎじゃない?

 843号車は博物館の屋内展示スペースに展示されています。周りにはサイゴン陥落時の写真や解説パネルが並べられており、博物館としても目玉的な展示となっていました。

また、付近にはベトナム軍の衛兵が常に立っており、その扱いはまさしく国宝といった感じでした。

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博物館の屋外に置かれたT-54B。国宝戦車よりは普通に扱われているが、解説パネルによればこの戦車も実戦に参加しているそうだ(布留川 司撮影)。

 一方、博物館の屋外にはベトナム軍とアメリカ軍の鹵獲(ろかく)兵器が展示されているのですが、そこには国宝戦車とまったく同じT-54Bが展示されています。こちらは雨ざらしの状態で置かれており、同じ戦車でも来歴の違いで扱いもまったく異なるようです。

 ちなみに843号車だけでなく、大統領官邸に突入した390号車も国宝に指定されており、こちらも現存しています。ただ、展示されているのは別の場所とのことで、今回は見られずじまいで終わりました。

 T-54Bの843号車が、このように衛兵付きで屋内で保存・展示されているのを見ると、ベトナム戦争が、ベトナムという国の成り立ちに多大な影響を与えた歴史的な出来事であることを改めて感じました。

 だからこそ、過去に自国でどんなことがあったのかを後世にまで語り継ぐという意味で、ベトナム政府が歴史の一場面に立ち会った兵器を国宝として維持する意義は大きいことなのだといえるのかもしれません。

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