JR北海道で廃車となった元「はまなす」用の14系座席車とキハ183系0番台は、海を渡ってタイ国鉄へと譲渡され、観光列車として美しく整備されて活躍しています。車両の改造を担当した現地のエンジニアへ、インタビューしました。
日本で廃車となった客車と気動車は、1990年代から中古車両としてタイ国鉄へ譲渡されています。主な形式はJR西日本のキハ58系気動車、12系、14系、24系客車で、キハ58系はタイでもすでに引退しています。14系と24系はバンコク発着の夜行列車に重宝されましたが、中国製寝台客車に活躍の場を譲って置き換えられ、第一線を退いたあとは季節臨時列車運用と定期快速列車に充当されています。
KIHA183第3編成は国鉄色。マッカサン工場を出場して東線を試運転する際は、JR北海道色の中間車を組成したレアな4両編成だった。営業運転では見られない光景となる。マッカサン駅(職員立会いのもと踏切から撮影)
近年の譲渡車両は、2016(平成28)年に廃車となったJR北海道のキハ183系0番台特急形気動車17両と、急行「はまなす」用の14系座席車10両、JR東日本 秋田地区で廃車となったキハ40系とキハ48系一般形気動車です。このうち14系とキハ183系は観光列車となりました。タイの観光列車は日帰り旅行の設定が多く、専用の列車に乗車し、各地の観光地で見学や体験をするパッケージツアーです。
14系座席車はタイ南部のレムチャバン港で陸揚げされた後、シルチャジャンクション駅で放置されていました。本当に使用するのだろうかとタイの人々が疑問に感じていたところ突如として動き出し、2022年から観光列車へ大改造されました。
14系は「ロイヤルブロッサム」と名付けられて2024年3月にデビュー。
内装は大胆な展望窓を配し、座席はゆったりとしたサロンカー仕様です。明るめの木材を多用することで日本の和を意識しました。ロイヤルブロッサム観光列車は毎週のように運行されています。
「軌間が違う」から始まった大改造キハ183系0番代は、先頭車がスラントノーズと呼ばれる特徴的な車両です。北海道専用の車両で、JR北海道から譲渡後は14系座席車よりも先に改造されて運用につきました。

中間車先頭化改造車キハ183 104は、日本時代に「海坊主」とのあだ名がついた。これから整備されるだろうが、屋根部のヘッドライトは移設されると思われるので、よりのっぺらとなりそうだ(マッカサン工場、許可を得て撮影)
2025年2月、筆者(吉永陽一:写真作家)はキハ183系の改造を担当したタイ国鉄マッカサン工場ディーゼル部門のエンジニア、アディソン(Mr,Adison Singhakarn)さんにお話を伺いました。
まずタイと日本は軌間(線路幅)が異なるため、どの車両も車輪の軌間変更をしたあとに各部の整備となります。レムチャバン港へ陸揚げされたキハ183系は、車体と台車を分離。後者の整備点検を先に台車専門工場にて実施し、タイ国鉄の1000mm軌間(メーターゲージ)へ変えました。
「日本の車輪は試運転でしか使いません。そのあとは、タイで製造する車輪へ換装します」
アディソンさんいわく車輪を変えるのは、日本の車輪とタイ国鉄のフランジ形状の規格が異なるため、タイ国産の車輪を使用する必要があるのです。
台車の調整が済むと、再びレムチャバン港で台車と車体をつなげ、東線を回送してマッカサン工場へ入りました。17両は一挙に改造を施したわけではありません。工場内にはまだ手付かずの状態で留置されている車両が並びます。先行して改造されたのは、このうちの8両2編成でした。
キハ183系の用途は、一般特急運用ではなく観光列車用です。車体部については全体的に錆びを落とし、傷んだ箇所の補修、室内のクリーニングが施されています。エンジン部分の点検整備は最も難しく、タイには存在しないエンジン型式のため金型も存在せず、点検整備にはかなり苦労したとのこと。また電気系統の図面が全て日本語表記のため、タイ語へ翻訳せねばなりません。アディソンさんは日本人の友人に手伝ってもらいながら翻訳したため、通常の列車整備工程よりも時間がかかりました。
2編成のキハ183系は、タイ国鉄のオリジナルカラーではなく、再度JR北海道カラーをまとって登場しました。運行は特定のルートや固定ルートを使わず、季節ごとに手配する臨時列車となるため、JR北海道カラーのままとしました。

KIHA183第3編成車内。「くずもの入れ」表記も活かされている。細かいところも往時の姿を残してくれるので、日本人鉄道ファンには嬉しい(マッカサン工場、許可を得て撮影)
車体の仕様は、車両限界の関係で前頭部のヘッドライトは移設しました。若干顔つきは変化したものの違和感がないのは、先頭部の「L特急」エンブレムが残されていることです。車体表記は国鉄フォントを意識したフォントで表記され、車内もJR北海道で活躍した当時の状態を踏襲して、日本語表記を生かしています。ちなみに、タイでの形式もズバリ「KIHA183」。随所に日本の車両に対する愛を感じました。
「日本の車両は他国と比較してメンテナンスしやすく、中古車両の状態も良いのです」
アディソンさんはJR各社とのつながりも深く、自身も秋田で鉄道の研修を受けた過去があり、日本の車両が大好きとのこと。その愛情の表れが形になったというのは大袈裟ですが、この車両に乗車してタイの観光地を巡りたい日本人に向けて、より身近に感じてもらえたらと、あえて日本時代の雰囲気を残したといいます。
2024年9月には、第3編成となるキハ183系の先頭車2両編成が出場しました。
KIHA183は2年ほど現状のままで運行し、その後、機関部を交換して10年間は動かす計画です。日本で引退した車両がタイで大事に愛されるのは嬉しい限り。日本時代を色濃く残したKIHA183の観光列車に揺られて日帰り旅行をするのも、新たなタイの楽しみとなるでしょう。