1970年代後半から1980年代初頭は、レジャーバイクブームからスクーターブームへの転換期にあたりますが、そんな中でヤマハから興味深い挑戦的な原付が登場しました。それが1980年と1982年にそれぞれ発売された、タウニィとポップギャルです。

「パッソルのようなソフトバイクを男性にも」と開発されたタウニィ

 ホンダがモンキー、ダックス、ハンターカブなどで切り開いた「レジャーバイク」という原付のカテゴリーは他社にも派生し、結果的に1970年代後半までは各社とも競うように個性的な原付をリリースしました。

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1980年代初頭にヤマハから登場した原チャリの隠れた名作、ポップギャル(画像:ヤマハ)。

 しかし、1977(昭和52)年にヤマハがリリースした原付・パッソルによってその風向きが大きく変わります。市場にはスクーター、あるいは「女性でもバイクに気軽に乗れるように」と開発されたソフトバイクが少しずつ増えていき、1980年代に入って以降は、一大スクーターブームが巻き起こることになります。

 この1970年代後半から1980年代初頭は、まさにその転換期にあたるわけですが、そんな中でヤマハから実に興味深い挑戦的な原付が登場しました。それが、1980(昭和55)年に発売されたタウニィと、1982(昭和57)年に発売されたポップギャルです。

 前述のパッソルはソフトバイクとして登場し大ヒットに至りますが、当初のユーザーは主に女性でした。当時のヤマハでは「パッソルのようなソフトバイクを男性にも届けたい」と考え、かなり斬新なモデルであるタウニィをリリースしました。今見ると、ソリッドカラーのイエロー、ホワイト、グリーンがいかにも80年代のポップな雰囲気でかわいらしいのですが、その中身はかなりヘビーです。

 大柄な男性の体格にも合うように設計されたプレスバックボーンフレームは、かつてのレジャーバイクのような遊び心を残す一方、2.8馬力を発揮するエンジンとシャフトドライブによってかなりスポーティな走りも実現しました。

 この斬新なモデルは、発売年のグッドデザイン製品に認定されたほか、テレビCMのセリフである「いいなあ、これ!」が流行語として浸透するなど、大きな話題を呼んだモデルでもあり、まさにヤマハの原チャリとしては「隠れた名作」と呼ぶに相応しい1台なのでした。

どのカテゴリーにも属さないがゆえの「隠れた名作」

 タウニィのメガヒットから2年後、ヤマハは新たなコンセプトのソフトバイクをリリースします。

それがポップギャルでした。

「ギャル」という名のバイクに乗ったヤンキー姉さんが忘れられない 唯一無二の珍スタイル原付「ポップギャル」の伝説
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タウニィのホワイト。角ばったデザインとソリッドカラーによって、どことなくレゴっぽい印象も(画像:ヤマハ)。

 パッソルが切り開いた当初のソフトバイク市場のメインユーザーは主婦層でしたが、1980年代に入ると、ヤンキーブームも手伝ってか未婚女性のユーザーも増加してきました。こういった事象を受けて開発されたのがポップギャルで、どことなく前述のタウニィを改善したようなイメージ。それでいて、チョッパー風ハンドルや、ピーナッツ風のタンク、スピードメーター脇に鏡付きの小物入れなどを装備させ、どことなくヤンチャな印象もありました。

 想像では、やはりヤンキー姉さんが喜びそうな工夫をデザインに取り入れた結果がコレなのだと思います。

 また、リリース時に化粧品メーカーとのタイアップ広告を展開したのも、やや怖めにも映る当時のヤンキー姉さんの厚化粧を意識しての試みだと思われ、ポップギャルもまた相応のヒットに至りました。

 しかし、ほんの数年の間にレジャーバイク、ソフトバイク、スクーターと人気動向が目まぐるしく変わっていった時代に登場したタウニィとポップギャルは、結果的に、どのカテゴリーも属することのないモデルです。だからか、後年にはやや影を薄め、あまり語られなくなってしまった感もあります。

 ただし、この2台は外観・スペックともに今見てもかなり個性的で、実は当時のヤマハが挑戦的に開発した貴重なモデルであるように感じます。筆者は個人的に、近所にいたヤンキー姉さんが2スト独特のエンジン音をビビビーンと奏でながら、ポップギャルで疾走していた当時の風景を忘れることができません。

 原付黄金期に登場しながら、どのカテゴリーにも属さなかったタウニィ、ポップギャルは、原付の歴史上「隠れた名作」と呼ぶに相応しいモデルのように思います。

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