自衛隊のなかでもあまり情報が公開されていない、秘密のベールに包まれた装備の一種といえるのが、海上自衛隊の海洋観測艦でしょう。非武装ながら、じつは潜水艦以上に秘匿性が高いのだとか。
三菱重工業は2025年5月29日、下関造船所(山口県下関市)で海上自衛隊向けとなる新型の海洋観測艦を進水させました。同艦は「あかし」と命名され、艤装や公試が行われたのち、2026年3月ごろに海上自衛隊に引き渡される予定です。
2025年5月29日、山口県にある三菱重工下関造船所 江浦工場で進水した海洋観測艦「あかし」(深水千翔撮影)。
海洋観測艦はその名の通り海洋情報の収集を目的とする艦艇で、海上自衛隊が保有する「わかさ」「にちなん」「しょうなん」の3隻全て、神奈川県横須賀市を母港とする海洋業務・対潜支援群隷下の第1海洋観測隊に配備されています。
第1海洋観測隊が集めたデータは、潜水艦の行動や対潜水艦戦に活用されているといわれますが、任務の性格からその多くは秘密のベールに包まれています。そもそも、なぜ海洋のデータが必要なのでしょうか。
原油や鉄鉱石、そして麦や肥料まで経済活動と生活に欠かせない物資の多くを海外からの輸入に頼っている日本にとって、目に見えない海中で行動する潜水艦は大きな脅威です。実際、太平洋戦争では資源地帯であり主戦場となっている南方と日本本土を結ぶ海上交通路が、米英など連合軍の潜水艦に狙われ、多くの船舶と船員が犠牲になりました。
1982年に発生したフォークランド紛争ではアルゼンチンの巡洋艦「ヘネラル・ベルグラノ」が、イギリスの原子力潜水艦「コンカラー」によって沈められた結果、アルゼンチン海軍は水上部隊による積極的な行動がとれなくなっており、事実上港に封じ込められた形になりました。現代の戦いにおいて、海上で敵の侵攻を阻止するためには潜水艦の対策が必要不可欠です。
しかし海中ではレーダーを使うことはできません。
そこで、出番なのが海洋観測艦です。同艦は平時から日本周辺海域で調査を行い、海洋における作戦環境の把握に必要な水温や塩分濃度、海中雑音、海底地形などの各種データを収集しています。集められた海洋環境データは対潜資料隊でデータの解析が行われ、各司令部や艦艇・航空機へ情報を共有します。

2025年5月29日、山口県にある三菱重工下関造船所 江浦工場で行われた海洋観測艦「あかし」の命名・進水式の様子(深水千翔撮影)。
今回進水した「あかし」は、防衛省の2022年度予算で建造が決まりました。基準排水量は3500トンで、全長は約113.7m、幅は約17.8m。乗組員数は約90人で、女性自衛官は最大12人まで乗艦できます。建造費は280億円です。なお、任務の性格上、最前線に出ることはまずないため、ミサイルや砲などは搭載していません。
また同艦の就役とともに、1986年に就役した海自最古参の艦艇、海洋観測艦「わかさ」は代替・退役します。
「あかし」は海洋観測任務のため、旋回式推進装置とバウスラスターを装備し、高い操縦性能を確保。基本的な仕様は、2010年3月に三井造船玉野艦船工場(現:三菱重工マリタイムシステムズ)で竣工した「しょうなん」に準じており、「ポッド式推進システム」が搭載されているとみられます。水中機器の敷設・揚収機能を強化するとともに、艦上における海洋環境データ処理能力の向上を図りました。一方で官給品や民生品の積極的に活用することにより建造費やLCC(ライフサイクルコスト)を低減しています。
潜水艦を支えるために、極めて高性能な海洋観測機器を搭載する海上自衛隊の海洋観測艦。逆に言うと海洋観測艦の性能がわかってしまうと、日本の潜水艦の活動限界についてもばれてしまう恐れを含んでいると言えます。
ゆえに、海洋観測艦は潜水艦以上の機密保持性が求められます。実際、護衛艦や潜水艦は一般公開されることがある一方、海洋観測艦の内部が公開されることがまずありません。海洋観測艦は、海上自衛隊で潜水艦以上に秘匿性の高い艦と言えるでしょう。