金属製のフレームに樹脂製のボディパネルを組み合わせた構造の一般的なスクーターに対し、スチールボディのものを「鉄スクーター」と言います。現在ではベスパなど少数しかありませんが、その魅力はどこにあるのでしょうか?
スクーターが鉄製なのは当たり前じゃない?みなさんは「鉄スクーター」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
「鉄スクーター」で世界的にポピュラーな存在のベスパ 。写真は1962年型ベスパ「160GS」(画像:ベスパ)。
あまりオートバイに詳しくない人からすると、「スクーターなんだから鉄製なのは当たり前だろう?」と思われるかもしれません。しかし、現在主流のスクーターは、金属製のフレームに樹脂製のボディパネルを組み合わせた構造が多く、それらと区別するために、スチール製のボディを持つスクーターは、あえてこのように呼ばれているのです。
日本でも1960年代までは、ホンダ「ジュノオK」のような例外を除くと、富士重工(現SUBARU)「ラビット」や中日本重工業(現・三菱自動車)「シルバーピジョン」などといった、スチールモノコック製のボディを持つ「鉄スクーター」が多数造られていました。
現在は製造コストと生産性の問題から日本において「鉄スクーター」は製造されていません。しかし、世界に目を向けてみると、イタリアのベスパやランブレッタ、イギリス(製造は中国)のロイヤルアロイなどがあります。
なかでも、ピアジオジャパンが輸入しているベスパは、全国規模の販売網が充実していることから、もっともポピュラーな「鉄スクーター」と言えるでしょう。
現在、ベスパが輸入している「鉄スクーター」は、「スモールベスパ」と呼ばれる空冷エンジンを搭載した小さな車体のモデルが「125LX」「プリマヴェーラ125/150/S150」「スプリント150/S150」の3車種。「ラージベスパ」と呼ばれる水冷エンジンを搭載した大きな車体のモデルが「GTSクラシック150/スーパースポーツ300」「GTV300」の2車種あります。
それに加えて、1946年にベスパが開発したプロトタイプの「MP6」を近未来的に再現したプレミアムモデルで、その年の干支をテーマにした装飾が施された「946」があります。ただし、こちらは職人の手作りによる限定生産のため年に数台しか輸入されず、価格も200万円近くと大変高価になることからポピュラーなベスパとは言えないでしょう。
これらのベスパはすべて4ストロークエンジン+CVT(無段変速)という標準的なスクーターの駆動方式です。かつて、ベスパの個性のひとつとされていた2ストロークエンジン+ハンドチェンジ操作によるマニュアル変速は、厳しくなった排気ガス規制の影響で生産を終了しています。
乗ればわかる! 鉄製スクーター=「剛性感の高さ」ベスパは輸入車ということもあり、同クラスの標準的な国産スクーターよりも新車価格は1.5~2倍ほど高価です。とはいえ、1946年に誕生したベスパは近代的なスクーターの元祖です。独創的な機構とイタリア車らしいデザイン、圧倒的なブランド力は並みいるライバルの中でも頭ひとつ抜けており、まさしく孤高の存在です。しかし「鉄スクーター」であるベスパには、それ以外にもさまざまな特徴があります。

2ストエンジン+ハンドシフトの「ベスパ」は、年々厳しくなる排気ガス規制のあおりを受けて生産終了。2000年代以降は4ストエンジン+CVTが主流となる。写真は2スト時代の1963年型「ベスパ GL」(画像:ベスパ)。
まず挙げられるのは、ベスパのスチールモノコックボディによる「剛性感」の高さです。実際のボディ剛性については、ベスパと他のスクーターを材料力学における軸のねじれの公式を使って数値を算出、比較すれば優劣が明らかになるのは間違いありません。しかし、そのようなことをしなくても、構造的に見てベスパのボディ剛性はスクーターとしては高い方で、それ以上に人間の感覚的な「剛性感」はかなりのものです。
一般的なスクーターの場合、金属製のフレームに樹脂やプラスチック製のボディパネルを組み合わせているため、路面の凹凸を通過した際の衝撃や振動、コーナリング時の横揺れを受けると、フレームとボディパネルでは前述したように素材が異なることから、わずかな時間差で別々に応力が伝わります。その結果、構成部位ごとに分割された樹脂パネルにたわみやきしみが生じ、それをライダーは「ボディの弱さ」として感覚的に受け取ってしまいます。
一方、スチールモノコックボディを採用するベスパの場合、一体構造のスチール製ボディなので、車体全体で路面からの入力を受け止めて、衝撃や振動を吸収・減衰します。これにより、ライダーは感覚的にボディの数値以上の剛性、すなわち「剛性感」の高さを意識せずとも自然に感じ取るのです。
この人間の感覚は、ときに数値上の「ねじり剛性」よりもライダーのインプレッションに影響し、走行安定性やコーナリング時の安心感、長距離ツーリングの疲労の少なさへと繋がります。
特徴的な片持ちサスは鉄製ボディだからこそまた、ベスパには航空機の降着装置にヒントを得た片持ちサスペンションが採用されています。これはベスパの誕生当時、イタリアの道路事情がまだ劣悪でパンクすることが多かったことから、スペアタイヤへの交換を容易にする工夫でした。

ベスパ「946」(画像:ベスパ)。
雑誌の試乗記などでは「しなやか」と評されることの多いベスパのサスペンションですが、特にフロントは通常2本で支えるフォークがベスパには1本しかないので、負荷はやはり大きく、それに合わせた堅めのセッティングとなっています。そのため、なかには「減衰力が強すぎる」と感じる人もいることでしょう。
ただし、ロードホールディング性は良好で、短いホイールベースと相まってキビキビしたハンドリングが楽しめます。一般的なスクーターだとこのサスセッティングでは、路面が荒れた道では衝撃や振動が大きく、快適に乗れたものではないハズですが、そこはベスパの面目躍如といったところで、ここでもスチールモノコックボディが不快な衝撃を上手にいなしてくれます。
もちろん、ベスパにもデメリットはあります。スチール製のボディはオーナーの管理が悪いと錆びますし、万が一転倒した場合には一般的なスクーターと違って、破損したパーツだけを交換して修理することができません。手間と時間がかかるボディの板金修理が必須です。
なお、これについては、ある意味では古くなって補修パーツの欠品に悩まされないという長所に捉えることができるかもしれません。一方、素材技術が進化したことにより、かつて言われていた「スチールモノコックによるボディの軽さ」という利点は、現在ではほぼなくなっています。
しかし、「鉄スクーター」ならではの独特の乗り味、スチールボディに映える美しいペイント、「剛性感」の高さによる走行安定性と快適な乗り心地などはやはりベスパならではの魅力です。プラスチックを多用した安っぽいスクーターに満足できなくなったら、「鉄スクーター」の入門用としても、大人が乗るにふさわしい高級シティコミューターとしても、ベスパはオススメできます。