本州最北の私鉄・津軽鉄道は津軽五所川原駅を起点に、津軽半島の真ん中を北へと分け入る路線です。その途中には、無人の秘境駅が存在します。

「毘沙門」駅の名前の由来は?

 津軽鉄道は、津軽平野の北に路線を延ばす本州最北の私鉄で、「津鉄」の愛称で親しまれています。JR五能線の五所川原駅に隣接する津軽五所川原駅から一路北へと目指し、津軽中里駅へ至る単線非電化路線で、途中の金木駅では上下列車の交換を行うとともに、太宰治の郷里の玄関口でもあります。

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踏切から見た毘沙門駅。踏切脇の小径が駅のエントランスである。ホームの背後にそびえるのが鉄道林だ(2025年5月、吉永陽一撮影)

 冬は旧型客車を使用したストーブ列車が名物で、国内だけでなく外国からも多くの観光客が訪れ、金木駅で途中下車して太宰治ゆかりの斜陽館を訪れたり、津軽中里まで往復したりと、最北の旅を満喫しています。

 その途中、列車は林の中にポツンと片面ホームのみある無人駅を通ります。駅名は毘沙門(びしゃもん)。実は「日本一かっこいい駅名」に選ばれたこともある駅です。

 毘沙門駅は普通列車のみが停まり、準急列車とストーブ列車は通過扱いです。ホームの背後は林が迫り、反対側はグループホームが隣接している以外は生活の気配がなく、しん……と静まり返っています。このロケーションから、本州最北の私鉄にある秘境駅として、秘境駅愛好家や鉄道をこよなく愛する旅人が訪れています。

 秘境駅と言われるほどなので、どれくらいの利用者数かというと、2021(令和3)年度の津鉄調べで1日の乗降数は“1人”、年間乗降数は508人で、主に地元とグループホームの利用者となっており、津鉄の駅の中では一番利用者数が少ないです。

 利用者数のピークだった1975(昭和50)年には、1日39人、年間2万8505人(津鉄調べ)を数えました。沿線の高校生、通勤、近隣の家々からの利用者が多く含まれていたのです。この差は、周囲の家々が減少したこと、自動車利用が増えたことを示します。

 気になるのは毘沙門という駅名です。七福神の神様の一柱、毘沙門天を祀る毘沙門堂を連想しますね。この駅は津鉄が開業した翌年の1931(昭和6)年6月19日に開業しました。当時、入植者により開拓された「共栄」と呼ぶ集落があり、住民達の要望によって開設した請願駅でした。

 そのため駅名は「共栄」となっていても不思議ではありませんが、一帯はかつて毘沙門村であったため、この駅名になりました。では毘沙門村の中心地はどこかというと、駅より西へ2kmほどにある毘沙門堂で、ここから村名となったそうです。毘沙門堂は明治時代の神仏分離によって、現在の鹿嶋神社となっています。

鉄道林が駅のアクセントに

 毘沙門村は1889(明治22)年の市町村制施行により嘉瀬村に併合されましたが、現在も字名として残っています。駅の開業時はすでに嘉瀬村内でしたが、地域にとっては旧村名の方がしっくりきたのでしょう。

 なお、津鉄には旅行者から「毘沙門堂があるのか?」「毘沙門天を祀っている駅なのか?」と問い合わせがあるようですが、駅の周囲には毘沙門天にまつわる場所はありません。

ところで、「日本一かっこいい駅名」というのは、gooランキングの「かっこいい駅名ランキング」で、毘沙門駅は2022年に第1位へ選ばれました。このランキングから毘沙門駅の存在を知って訪れる旅人もいて、津鉄もアテンダントの車内放送でアピールしています。

 さて、ホームを見てみましょう。片面ホームの背後には「鉄道林」と記された説明看板が立っています。津軽地方は地吹雪が名物ですが、鉄道にとっては定時運行を妨げかねない厄介な自然現象です。そこで地吹雪や強風から津鉄を守ろうと、職員の手によって1956(昭和31)年に木々が植樹されました。

 植樹前は雑木林が次々と伐採された状態で、強風から列車を遮るものがなく、毘沙門駅は冬場になると吹き溜まりとなっていました。鉄道林が植樹されて成長し、林の中のように茂ることで、駅は地吹雪と強風から守られ、結果的にその姿が秘境駅の雰囲気を醸し出すようになってきました。

 鉄道林は近年人不足などによって整備されておらず、枝葉が伸び、鬱蒼としていました。そこで10年ほど前から森林ボランティアと津鉄の職員が間伐作業を実施し、整備してきました。しかし津鉄によると、直近は森林ボランティアの高齢化やコロナ禍による活動自粛など、活動が厳しい状況となっているのが実情です。

 鬱蒼とする鉄道林にポツンとある片側ホーム。そこに一際目立つのは、観光施設のような立派な待合室です。待合室はきれいに整い、決して寂れているようには感じられず、中に入れば木材の香りに包まれ、心が安らいでいく感覚となります。

「地産地消」の待合室も見どころ

 無人駅の待合室といっても簡素なものではなく、室内は梁に欄間や竹編みの意匠が施され、秘境駅にいることを忘れてしまうほど大層立派な造りです。さらに、五所川原の立佞武多(たちねぷた)も掲げられていますが、これは毘沙門天のお面とのことです。

 お面は、ねぷたを趣味で作っている人が、かっこいい駅名ランキングで毘沙門駅が1位になったニュースを偶然見ていたときに、ちょうど毘沙門天を製作していたことから寄贈したものだといいます。待合室に一歩踏み入れると、津軽地方にいることを再確認させてくれます。

 この立派な待合室は何十年も前からあったのではなく、以前は小屋のような待合室がくたびれた状態で佇んでいました。そこで地元会社の手助けによって建て替えられ、2013年6月に竣工。建材は地元産のヒバなどの木材をふんだんに使用し、建築後10年以上経過した現在でも、ほのかな木の香りがしています。ちなみに竣工時の式典では獅子舞が舞い、来場者へ鍋もふるまわれ、駅開業以来の賑やかさではと思われるほどだったそうです。

 津軽地方はかつて林業が盛んであり、ヒバの産地でした。

ヒバを輸送するため、津軽森林鉄道の路線が至る所に延びていたほどです。毘沙門駅はいわば地産地消の建材で成り立っているのですね。

 秘境駅探索で列車を降り、次の列車が来るまでのしばらくの間、待合室で木の香りに安らぎを覚え、鉄道林の成長ぶりを観察するのも良いでしょう。駅は、いつ来るか分からない利用者のために、定期的に掃除してくれる地元の人がおり、待合室もきれいに保たれています。

 列車が来ない間、隣のグループホームの生活音が時々する以外は、鉄道林の枝葉が風で揺れ、ほとんど自然界の奏でる音に包まれます。人がいないときは小動物の動きが活発となり、冬場は積もった雪に小さな足跡も多くなります。

 津鉄は太宰治の斜陽館やストーブ列車が有名ですが、自然が奏でる音と木の香りに包まれながら、秘境駅でしばらく安らぐのも良いかもしれません。

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