宮崎 駿さん初の長編監督作品である『ルパン三世 カリオストロの城』。劇場シリーズ第2作目である本映画の前半の見どころはルパン・クラリス・悪漢によるカーチェイスです。

なぜクラリスのクルマはシトロエン「2CV」だったのでしょうか。

『カリ城』冒頭のカーチェイスでクラリスが逃走に使用

 2025年6月27日、日本テレビ系の『金曜ロードショー』において『ルパン三世 カリオストロの城』(以下『カリ城』)がオンエアされます。この作品はスタジオジブリで多くの名作を生み出してきた宮崎(大の部分が立の異体字)駿さん初の長編監督作品であり、『ルパン三世』の劇場シリーズ第2作目として1979年に公開されました。制作から半世紀近く経過した作品ですが、現在でも多くのファンに愛され続けるアニメ映画の金字塔です。

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375ccエンジンを搭載する初期型(A型)のシトロエン「2CV」。宮崎さんの最初の愛車は、タクシーとして酷使されたあと何人もの人手を介して、日産と合併した旧プリンス自動車勤務の社員から譲られたクルマだった(画像:シトロエン)。

 この映画のあらすじは、盗み出した大金が偽札と気づいたルパンと次元が、ゴート札の秘密を探るため、その震源地であるカリオストロ公国へ潜入します。そこで偶然悪漢から追われていた少女クラリスを助けたことから、カリオストロの伯爵の元から彼女を救い出す過程で、カリオストロ公国の秘密が明らかになるというものです。

 全編に渡ってテンポ良く冒険とアクションが続く『カリ城』ですが、なかでも映画冒頭のカーチェイスは見どころのひとつとなっており、スピルバーグが「映画史上最高のカーアクション」と絶賛したという伝説が残っているほどです。

 登場するのはルパン三世のフィアット「500F」、伯爵の手下が乗るハンバー「スーパー・スナイプ」、そしてクラリスがハンドルを握るシトロエン「2CV」です。

 クラリスのシトロエン「2CV」は、ボディカラーがピンクということもあり、赤茶けたハンバー「スーパー・スナイプ」やクリーム色のフィアット「500F」よりも目立っていました。

 じつは彼女がシトロエン「2CV」に乗っていたのは、映画の裏側に大きく関係する「大人の事情」からだったのです。

それは一体どのような理由なのでしょうか。

シトロエン「2CV」どんなクルマ?

 そもそも、シトロエン「2CV」が誕生する端緒は第2次世界大戦前の1935年までさかのぼります。当時シトロエンの社長を務めていたピエール・ブーランジェがバカンスで南フランスの農村を訪れた際、農民たちの移動・運搬手段が19世紀から変わりなく馬車や手押し車のままなのに気付き、衝撃を受けました。

これぞ監督の特権!?『ルパン三世 カリオストロの城』にシトロエン登場したワケ「大人の事情」も関係
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映画監督の宮崎 駿氏。2022年に免許証を返納するまで、シトロエン「2CV」を愛用していたことで知られる。軽量小型で合理的な設計を気に入っていたそうだ(画像:文部科学省)。

 そこで休暇から戻った彼は、アンドレ・ルフェーブルらシトロエンの技術陣に対して、農民でも購入できる廉価な小型車の開発を命じます。その際にピエール・ブーランジェが出した要望は下記のとおりでした。

1、50kgのジャガイモを載せて走れること
2、速度60km/hで走れること
3、3リッターのガソリンで100km以上走れること
4、カゴいっぱいの生卵を載せて荒れた農道を走っても、ひとつの卵も割ることなく走れる乗り心地の良さ
5、車両重量300kg以下
6、クルマに詳しくない女性でも簡単に運転できること
7、以上の条件を満たしていればスタイルは重視しない

 これらは当時の技術レベルでは難しい要求でしたが、ルフェーブルは当時としては革新的なFF(フロントエンジン、フロント駆動)レイアウトに軽量設計のボディ、経済的な空冷2気筒水平対向エンジン搭載などの新機軸を採用したことで、その多くを実現させます。

 しかし、試作車のテストが終了し、量産体制に入ったばかりのタイミングで第2次世界大戦が勃発。この影響で新型車の開発計画は凍結され、デビューは終戦後の1948年までずらされました。

 その独特なスタイルから登場当初は嘲笑の対象となった「2CV」でしたが、設計が優秀だったことで程なくヒット作となり、改良を受けながら1990年までモデルチェンジされることなく生産が続けられました。

 宮﨑さんは、小型飛行機にも似た「2CV」の軽量で合理的な設計をいたく気に入ったようで、1967年に最初の愛車として「2CV」を購入してから、2022年に高齢のため免許を返納するまで数台の同車を乗り継いでいます。

シトロエン「2CV」を長年愛用した宮崎監督

 宮﨑さんは、もともと子供を保育園に送り迎えするため、マイカーの購入を決めたのですが、フランス映画『恋人たち』に登場するブリキ細工のような「2CV」に触発され、クルマ好きの先輩アニメーター、大塚康生さんに相談して中古車を探してもらいます。

これぞ監督の特権!?『ルパン三世 カリオストロの城』にシトロエン登場したワケ「大人の事情」も関係
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カリオストロ伯爵の手下がクラリス追跡に使用したハンバー「スーパー・スナイプ」。イギリスの高級車で、第2次世界大戦時にはモントゴメリー将軍もこのクルマを愛用した(画像:ハンバー)。

 最初に手に入れたのは375ccエンジン搭載の初期型(A型)でしたが、角目ヘッドライトの1970年代製造モデルを経て、最終生産型の602ccエンジンの「スペシャル」まで所有していました。

 宮崎さんの「2CV」の熱愛ぶりはかなりのもので、彼がシリーズ中盤以降に演出として参加したテレビアニメ『ルパン三世』(1971年)に度々登場させています。そして、宮崎さんが手掛けたルパン三世シリーズの総決算とも言える『カリ城』で、ヒロインのクラリスが城から逃走する際に使用したクルマとして、最初の愛車であった初期型シトロエンを登場させたのです。

 ただし、ひとつ付け加えると、監督のクルマだと制作スタッフが作画をする際、わからないところがあれば、実車ですぐ確認できるという利点があります。こうした制作上の大きなメリットも、劇中に「2CV」を登場させた一因であったのは間違いありません。

 なお、劇中の「2CV」はクラリスの愛車というわけではなく、劇中のジョドーのセリフに「ご婚礼衣装の仮縫いでございまして、男どもが席を外した折でございました」というものがあることから、おそらくは城にやってきたお針子さんの愛車を奪ったものと思われます。治安の行き届いた城内に駐車ということで、持ち主はキーを挿しっぱなしにしていたのでしょう。

 カーチェイスの後にクラリスの乗った「2CV」はバラバラになって湖に沈んでしまいますが、この走行中にパーツが外れる様は、実際に宮崎さんの最初の愛車に起こったことだとか。

相当なポンコツだったことから、運転中にドアやキャンバストップが開いたり、パーツが脱落したりといったことが珍しくなかったそうで、おそらくはそのときのことを思い出しながらコンテを切ったもの思われます。

「手のかかる子ほど可愛い」との格言どおり、ぶつくさ文句言いながらコンテを切ったり原画を書いたりする宮崎監督を思い浮かべながら『ルパン三世 カリオストロの城』を見ると、また違った楽しみ方ができるかもしれません

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