2001年にトヨタが発表した「ヴェロッサ」は、アルファロメオやランチアをモチーフにした“なんちゃって”イタリア車として誕生しました。ただ、肝心のスタイリングにまるで魅力がなく販売は低迷。

トヨタはどうしたかったのでしょうか。

魅力的だが欠点も多いイタリア車 日本車並みの信頼性があったら?

 実際に「買うか買わないか」のハナシはひとまず置いておくとして、クルマ好きのあいだで昔から憧れの対象であり続けているのがイタリア車でしょう。

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イタリア車をイメージしてトヨタが開発した「ヴェロッサ」。9代目「マークII」をベースに個性的な内外装を与えた(画像:トヨタ)。

 フェラーリやランボルギーニ、マセラティ、アルファロメオ、ランチア、アバルト、フィアット……。これらブランド名を聞いただけで、エレガントで美しいスタイリングや官能的なエキゾーストノートを思い浮かべ、それだけで胸が高まる自動車好きも多いと思われます。

 しかし、ここ日本では人気に反して、イタリア車を購入する人はそう多くいません。それはなぜかと問われれば、故障の多さ、すなわち、品質と信頼性の低さがネックになるからでしょう。イタリア車にとって日本の高温多湿な気候と、ストップ&ゴーの多い交通環境でのドライブは、苦行以外の何ものでもないのです。こうした過酷な状況で使用を続けていれば、本国では考えられないようなトラブルが頻発することは、やむを得ないことなのかもしれません。

 さすがに新車から数年でサビに蝕まれることは、今でこそなくなりましたが、国産車に比べて故障は相変わらず多いですし、サービス体制は脆弱です。内装にしたって、パーツの入手性に難があり、やがては加水分解によって樹脂部品がベタつくようになるのは昔と変わりません。

しかも、輸入車だけあって修理費用はどうしても高くつきます。

 こうして、度重なるトラブルに疲れ果てたオーナーがふと夢想するのが「国産車並みの信頼性を持ったイタリア車はどこかにないものか?」ということでしょう。

 そのようなイタリア車ファンの声に応えたわけでもないのでしょうが、今から四半世紀ほど前の2001年7月、トヨタがイタリアをテーマにした新型車を発表したことがありました。その名は「ヴェロッサ」。車名の由来はイタリア語のVero(真実)とRosso(赤)で、この2つを組み合わせた造語です。

「ヴェロッサ」は保守的なオヤジセダンの「クレスタ」の後継車でありながら、キャッチコピーに「感性駆動~emotional tune」を掲げ、イメージを刷新した外観をまとっていました。ただ、そのような心機一転さとは裏腹に、メカニズムは手堅くまとめられた9代目「マークII」のものを共用する姉妹車でした。

イタ車ファンの夢を叶えます! トヨタが作った和製イタリア車

「ヴェロッサ」の最大の特徴は、担当デザイナーがイタリア車の影響を否定しなかったエクステリアです。

「アルファロメオ+ランチア」に八丁味噌を少々!? 愛知生まれの “イタリア車” いろいろ残念でした
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トヨタ「ヴェロッサ」とほぼ同時期に世界的な人気を博したアルファロメオ「156」。ワルター・デ・シルバの代表作のひとつだ。伝統の縦型グリルを起点に立体的な造形で調和の取れた美しいフロントマスクを表現。全体のフォルムによく馴染んでおり、古典的ながら見事なスタイリングに仕上げている(画像:アルファロメオ)。

 フロントマスクはアルファロメオを彷彿とさせる意匠でした。ラジエターグリルを中央に配置し、そこを起点としてボンネット上にプレスラインが奔り、一段奥まった場所にあるインテークを挟み、左右の両端に縦長のヘッドランプを配すという、なかなか凝った造形です。例えるなら、そのルックスはアルファロメオ「156」とランチア「テージス」を足して2で割り、そこに八丁味噌を加えたようなものでした。

 ただ、それがカッコイイかと言われると、さにあらず。ハッキリ表すなら「どうしてこうなった?」と呟きたくなるほど「ヴェロッサ」はブサイクなのです。

 それというのも基本フォルムはあくまでも保守的な「マークII」なのに、ボディ外版の3センチ以内の凹凸で無理やりイタリアンルックに変身させたようとした結果なのでしょう、どうにもアンバランスなスタイリングになっています。インテリアについても、アルファロメオの雰囲気を出そうと丸型のエアコンルーバーを採用したのでしょうが、基本が「マークII」のレイアウトなので調和がまったく取れていません。

 スタイリングに関して個人的な好みがあることは重々承知していますが、「ヴェロッサ」はそれ以前の問題として、カーデザインの文法を完全に無視したうえで失敗しており、ワルター・デ・シルバの最高傑作との呼び声高いアルファロメオ「156」を横目で見ながら開発作業を進め、かくも醜いクルマを「イタリアンデザインでござい」と世に送り出すトヨタの神経には開いた口が塞がりませんでした。

 もちろん、中身は「マークII」なので、乗れば静かで快適、少々運転が退屈なことを除けば、ごくフツーのトヨタ製セダンです。トップグレードの「VR25」には、トヨタ自慢の280馬力を発揮する直列6気筒ターボの1JZ-GTE型エンジンが搭載されているので、速いことは間違いありません。

 ただ、クルマとしては速いものの、足回りのバランスが悪いので安心してアクセルを踏むことができず、イタリア車の官能性など微塵も感じられない出来でした。

誰もニセモノなんか欲しくない! 仏作って魂を入れなかったか

「ヴェロッサ」のデビュー当時、筆者(山崎 龍:乗り物系ライター)はアルファロメオ「155」を所有しており、自宅に帰れば家人が所有する同「145」やフィアット「プント」のある環境で暮らしていました。

「アルファロメオ+ランチア」に八丁味噌を少々!? 愛知生まれの “イタリア車” いろいろ残念でした
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アルファロメオ「156」とほぼ同世代のランチア製高級車「テージス」(画像:ランチア)。

 日常的にイタリア車に触れていると、ホンモノとのあまりの落差から「ヴェロッサ」は「出来の悪いイミテーション」にしか見えなかったのです。それは経営破綻後の名古屋港イタリア村と、本場イタリアのローマやミラノ、フィレンツェの美しい街並みくらい差があるものでした。

 そのような「ヴェロッサ」が、ホンモノのイタリア車を愛好するファンの心に刺さるはずはありません。さりとて、無難で大人しいトヨタ車を好む国産車ユーザーからはキワモノ扱いされてしまい、販売が低迷したまま3年半でひっそりと姿を消しました。

 結局、このクルマを購入した数少ないユーザーは、人と違ったクルマに乗りたいが、ただし国産車に限る!という人か、もしくはイタリア車に乗りたいが乗る勇気がなければ、輸入車を所有する甲斐性もない人だけだったのでしょう。

 結局のところ、美とスピード、そして運転の快楽にしか関心のないイタリア車と、「お客様は神様です」とばかりに品質と信頼性、顧客満足度を何よりも重視するトヨタ車では、クルマとしての立ち位置が違い過ぎました。

 模倣するにしても、ここまでキャラクター性が離れすぎていると、うまくいくはずがありません。そもそもクルマの成り立ちは、生産国の歴史や文化、伝統、国民性が大きく関わってきます。

 イタリア車には唯一無二の独特な魅力があり、トヨタ車には安心感と言える固有の良さがあります。それを無視して表層だけをなぞっても出来上がるのは所詮フェイクで、オリジナリティが生まれるはずがないのです。「ヴェロッサ」の失敗は、そのことを端的に表していると言えるのではないでしょうか。

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