車体の前半部分は乗用車のまま、後半部分に大きな荷箱を設けたフルゴネットは、1997年にルノーが「カングー・エクスプレス」を発表するまで欧州で人気の商用車でした。そのようなフルゴネットを過去、日産とスズキでも商品化していました。

欧州の街角で見かける機会の多かったフルゴネット

 車体の前半部分は乗用車のまま、後半部分に大きな荷箱を設けたクルマのことを「フルゴネット」といいます。日本ではあまりなじみのない呼び名ですが、そのような形のクルマは誰しも見たことがあるでしょう。

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スズキ「アルトハッスル」のリアビュー。3代目「アルト」をベースに製造された(画像:スズキ)。

 代表的な車種にはルノー「シトロエン2CVバン」や「ルノー4バン」が挙げられます。まさに乗用車に近い運転間隔とデザイン性を持ちつつ、積載性に優れた車種とフルゴネットは位置づけられます。

 ただ、日本メーカーは2025年現在、フルゴネットに分類される車種を開発・生産していません。しかし、振り返るとバブル期には商品化されていました。では、なぜその後定着しなかったのか、その隆盛を見てみましょう。

 そももそ、商用車に最も求められるのは、経済利得性と実用性であり、市場ごとのニーズの違いによって地域性が色濃く現れます。

 例えば、国土の狭い日本では1回の乗車距離が短く、都市部や山間部では隘路が多く、かつ駐車スペースが狭いといった事情から、小回りが効き経済性に優れた軽バンや軽トラックが人気です。

 一方、国土が広大なアメリカでは移動距離が長く、牽引能力が求められることから、大排気量エンジンと丈夫なフレームを持つ大型のピックアップトラックやフルサイズバンが販売の主流となっています。

 対して、ヨーロッパは都市への大型トラックの乗り入れが禁止されていることから、市街地での郵便や小口配送、水道や電気などの保守管理に、「フルゴネット」と呼ばれる小型の商用車が適していたのです。そのようなニーズから、ルノーやシトロエン、セアト、フォルクスワーゲンなどのコンパクトカーをベースに、車体の前半部分は乗用車のまま、後半部分に車体サイズとは不釣り合いなほど大きな荷箱をつなぎ合わせ作られていました。

バブル期に日本メーカーもフルゴネットを製品化

 フルゴネットの利点は、冒頭に記したように乗車姿勢や運転感覚が一般的な乗用車とほとんど差がなく、初心者や運転に不慣れなドライバーでも操作の習熟が早い点が挙げられます。加えて、キャブオーバー型のバンやトラックと違い、内輪差と外輪差の違いによる左折時の巻き込み事故のリスクが少ないことや、キャブオーバー型商用車のように運転席の真下にエンジンがないことから振動や騒音、放熱が少ない上に、座面の厚みをたっぷりと取ることができるため、乗り心地の面でも優れているといったメリットもあります。

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フルゴネットのシトロエン「2CV AK」(画像:シトロエン)。

 さらに、重心が低いので走行安定性にも優れており、クラッシャブルゾーンが確保されているので衝突安全性も有利となります。パワートレインへのアクセス性が良いので、保守管理が容易なことも特徴となっています。

 一方、デメリットはそのボディ形状から積載能力の点でキャブオーバー型商用車には及ばないことです。ただし、荷物を目一杯積んだ際の最大積載量では見劣りするものの、車体後部の荷箱はかなりの高さがあり、かつ低床設計の恩恵もあって、家具や自転車などの大きな荷物を運ぶときに困ることはありません。

 こうしたメリットゆえに、かつては国産メーカーも生産をしていました。

 国産フルゴネットの第1号車となったのは、オフィス家具で知られる岡村製作所が1957年に発表した「ミカサ・サービスカー・マークII」でしたが、わずか3年で同社が自動車ビジネスから撤退したことで、ほかに影響を与えることなくひっそりと歴史の中に消え去っています。

 それから30年以上のときを経て登場したフルゴネット車が、バブル絶頂期の1989年にデビューした日産「エスカルゴ」でした。

 フランス語で「カタツムリ」を意味する車名を与えられたこのクルマは、その名の通り、丸く背の高いシルエットや大きく飛び出したヘッドランプが特徴の商用車でした。ベースとなったのは初代「パルサーバン」で、同時期に登場した日産製パイクカーの中で唯一の商用車です。

 2年間の限定で販売された結果、大変な好評を博しました。なお、購入者のなかにはデザインを気に入り、マイカーとして購入した人も多かったようです。

本場欧州からも姿を消しつつあるフルゴネット

「エスカルゴ」のヒットに気を良くした日産は、その後「ADバン」をフルゴネット化した「AD MAX」を発表しますが、こちらは通常のライトバンに荷箱をつけただけのクルマで、ユーザーの心を掴むには至らず販売は低迷。1999年のフルモデルチェンジを前にひっそりと姿を消しています。

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「エクスプレス」の後継として誕生したルノー「カングー・エクスプレス」。日本でも人気の乗用車版「カングー」の商用モデル(画像:ルノー)。

 日産以外には、1991年にスズキが軽自動車の3代目「アルト」をベースにフルゴネットを1年間限定で生産したことがあります。「アルトハッスル」と名付けられたこのクルマは、ラインオフした「アルト」を改造して生産する特装車で、定員4名の5ナンバー(乗用)グレードのほか、定員2名の4ナンバー(商用)グレードも設定されており、ベース車と同様にギアボックスや駆動方式を用途に応じて選ぶことができました。

 ほかにも1991年にマツダのグループ会社のM2が、オートザム「レビュー」をベースにフルゴネットの「M2 1004」を製作して1991年の東京モーターショーに出展しましたが、このクルマが市販化されることはありませんでした。

 フルゴネットは、その外観デザインからオシャレでエキゾチックな魅力を感じる人が多いものの、ヨーロッパとのニーズの違いから日本で普及するのはなかなか難しかったのかもしれません。

 なお、フルゴネットの製造が盛んであったヨーロッパにおいても、ルノー「カングー」の商用車版である「カングー・エクスプレス」が1997年に登場したことで一変しています。

「カングー・エクスプレス」は、ルーフに段差のないスッキリしたモノスペースデザインと、後部ドアにスライドドアを採用したのが特徴で、従来のフルゴネットに比べて、使い勝手や積載能力が大幅に向上した結果、商業的に大成功を収めました。

 その結果、ヨーロッパの各メーカーもこれに追随。現在の欧州市場ではフルゴネットはすっかり廃れ、モノスペース商用車が主流となっています。

 もはや「フルゴネット」は、本場ヨーロッパでも「懐かしのクルマ」という位置づけになってしまっているようです。

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