日本中小型造船工業会が2025年7月、大型水槽での試験を披露しました。これは巡視船艇の海外展開プロジェクトを見据えたものだとか。
海外向けの巡視船艇を日本で建造し、積極的な輸出を目指すプロジェクトが2025年7月現在、進行中です。
フィリピン沿岸警備隊向けに建造された多目的対応船(画像:フィリピン沿岸警備隊)。
これに関して、日本財団の基金助成を受けて巡視船艇の海外展開プロジェクトに取り組んでいる日本中小型造船工業会(中小造工)の岩本泉専務理事は「積極的に売り込むためには、事前に準備をある程度整えて、相手国が欲しがるようなタイプを提案していくのが最も効果的だ」と話します。
中小造工は2025年7月14日、海上技術安全研究所の400m水槽で曳航試験の見学会を開催しました。同プロジェクトでは、あらかじめニーズに合致した巡視船艇の標準モデルを開発。建造に向けた設計資料を整え、いくつかの船型をカタログのような形で相手国に提案することで、案件の拡大と供与期間の短縮を図ることを目的にしています。
現在、日本はインド太平洋地域における海上保安能力を強化するため、政府開発援助(ODA)による巡視船艇の供与に取り組んでいます。しかし、これまでは案件ごとに相手国のニーズを調査し、個別にオーダーメイドで設計・建造を行ってきたため、供与までかなりの時間がかかるという課題がありました。
「今までは事前にこういったラインナップを揃えて売り込みを図っていくような体制になかった。それで時間もかかっていたし、プロジェクトが進んでいくなかで供与国の状況が変わるなどして、うまくいかなくなったという事態もあった」(岩本専務理事)
こうした反省から、海外輸出用の巡視船艇として標準モデルを設定する作業が進められています。これは服で例えるなら完全採寸のオーダーメイドスーツではなく吊るしの量販店スーツへの変更、家で例えるなら注文住宅からローコストな建売住宅へ、といったところでしょう。
開発が行われているのは、20m型から44m型までの5船型。技術面でのコンサルタントは日本造船技術センターが行い、海上保安庁の巡視船艇の建造実績がある新潟造船、墨田川造船、本瓦造船、木曽造船、長崎造船がこれまでの経験を生かして設計・開発を実施しています。使用の想定は、フィリピンやインドネシアなどの東南アジアや太平洋諸国の海上保安機関です。

海上保安庁のCL型巡視艇。輸出用の20m型多目的巡視艇は同艇の設計を流用する(画像:海上保安庁)。
日本造船技術センター(SRC)の上園政裕会長は「中小造工の会員企業が所有する船台の大きさなどを考慮して50m以下の設計を対象とした」と説明します。
「海上保安庁の巡視船艇が持つ安全性、信頼性、作業性等を取り入れつつ、外観はデザインを少し変え若干スピード感のあるような形状にした。35m以上の船についてはブルワークを付けることを計画している」(上園会長)
44m型多目的巡視船と35m型多目的巡視艇は通常の警備救難業務に加えて、機器を装備することで潜水作業や油防除作業などに対応できます。44m型はほぼ全ての海域で安全に航行できるスペックを想定。35m型は主機の出力こそ44m型の半分ですが、速力や性能は同等以上の能力を持たせ、経済性の高さをアピールします。
一方、37m型は警備救難業務に加えて消防艇としての機能も持つ消防機能強化型巡視艇になります。30m型は主船体も含めてアルミ合金製で、ウォータージェットを装備する高速型です。
上園会長は、35m型巡視艇を例に「スピードは26ノット(約48.2km/h)を確保する。ブリッジは各種計器類をできるだけスマートな形で配置できるようにし、士官室や乗組員の部屋には海上保安庁の巡視艇よりも高級感のある家具を置けるのではないかと考えている」と話していました。
輸出用巡視船艇のライバルはフランスやオーストラリア多機能ディスプレイや4.2m複合型ゴムボートなどを標準装備としつつ、これまで海外向けの巡視艇では考慮していなかった赤外線暗視カメラや昼夜監視可能なフルハイビジョンの海上監視システム、ハイスペックのLED探照灯などをオプションで選択できるようにします。

海上技術安全研究所の400m水槽で試験される巡視艇の模型船(深水千翔撮影)。
「この船は標準では出力1440キロワットの主機関2基を搭載するが、供与先の要望によっては高速性能を重視する可能性があることから、出力アップした1790キロワットの主機関を2基搭載することも可能としている。このように、オプション化することでカタログ化した船型でも、可能な限り客先のニーズに対応できるスペックを確保したい」(上園会長)
ちなみに、海外向け巡視船艇のライバルとしてあげられているのはフランスやオーストラリアなど。今後は日本もメンテナンスを含めた包括的なサービスを提供できるような体制を整えていくとしています。
すでにフェーズ1で行われていたデザイン性の検討などは終わっており、2025年2月からはフェーズ2で基本・詳細設計資料やカタログの作成、水槽試験などが行われています。実際の売り込みは2026年春から始まるフェーズ3で実施する予定です。ODAに加えて武装も含めて供与が行えるOSA(政府安全保障能力強化支援)の枠組みも想定されます。
岩本専務理事は「日本の船は実用的で、技術的に使いやすいという評価を得ている」と述べたうえで、「しかしライバルはデザイン性に特化している部分がある。
日本は近年、艦艇の輸出を試みていますが、新造艦の成約まで結びつかない状況が続いています。そのようななか、前述したようなカタログとして相手国にすぐ提示できる標準モデルの開発を行うのも、ひとつの手と言えるのかもしれません。