建物はゆがみ、柱が曲がり、ツタが絡まる駅舎――「日本一のオンボロ駅」と呼ばれることもある駅が存在します。実際に見に行くと想像を超える衝撃的な状態でしたが、そこには人の気配と“ほんものの古さ”がありました。
日本全国には9000駅以上の駅があり、築100年を超えるようなノスタルジーを感じさせるレトロな駅も数多く残っています。とはいえ、そうした古い駅舎も時代に応じた改築や“和モダン化”などのリニューアルや、良好な状態の修繕などが施される駅も少なくありません。駅舎そのものの建て替えも急速に進んでおり、いわゆる「オンボロ駅」は急速に姿を消しつつあります。
崎山駅。窓の位置が高いのは信号場の建物だったゆえか。この建物の前を蒸気機関車の9600形が牽引する石炭貨物列車が行き来していたと思うと、胸が熱くなった(遠藤イヅル撮影)
ところが、福岡県を走る平成筑豊鉄道田川線の崎山駅(福岡県みやこ町)は、「日本一のオンボロ駅」と呼ばれることがあるといいます。どんな駅なのか気になったので実際に見に行ったところ、想像を超える衝撃的な状態でした。
一概に「ボロい」「オンボロ」な建物とは何なのか、というといろいろな解釈がありますが、傾いていたり荒れ果てているのは、その範疇に含まれると思います。崎山駅は現役の駅なのに、そうでした。
駅舎正面から眺めると、建物自体が歪んでいるため、出入口付近の柱と窓枠にはズレがあって窓が閉まりきらなくなっています。屋根も建物中央に向かって傾いています。
さらに、駅舎の向かって右半分は蔦が絡まり、塗装も剥げている状態。
一方で、駅舎内の待合室や改札口周辺、ホーム上はとても綺麗に清掃が行われており、荒廃した建物や廃墟特有の不快さはまったくありません。
事実、崎山駅は老朽化や倒壊の危険性があったためか、2021年頃に駅舎内への立ち入りが禁止されたこともあるとのこと。しかしその後、最低限の修復が行われて“復活”に至っています。実際には、現駅舎の解体および新しい駅舎の建築にコストがかかるのが理由かもしれませんが、昭和を感じさせる紺色地の板+白文字の駅名看板が、実は最近かけられていたりするのを見ても、愛情を持ってこの駅が守られているのを感じました。
これぞ「ほんものの古さ」「歴史の重み」現役廃墟のような雰囲気と引き換えに得ているのが、「歴史の重み」と「ほんものの古さ」です。

2面2線の崎山駅を発つ、平成筑豊鉄道の400形。写真の車両(411)は「ちくまるLINEスタンプ号」(遠藤イヅル撮影)
例えば、駅舎側のサッシ類はすべて木製のまま。古い駅舎でもアルミサッシへの交換が昭和中期頃から進められていたケースは少なくないため、小刻みに桟を入れた扉や窓はレトロ感を格段にアップさせています。
木造駅舎や古くからある駅は数あれど、ここまで整備・更新されていない駅はもはや珍しい存在ではないでしょうか。ホームには黄色い点字ブロックの設置もなく、まるで昭和中期にタイムスリップしたような気持ちになりました。
この崎山駅、話題となるのはそのオンボロ具合だけではありません。構内踏切を渡って反対側のホームに立って駅舎を見てみると、異なる建物がつながったような変わった構造をしていることに気がつきます。これは、崎山駅の歴史が大きく関係しています。
駅の歴史を反映している「おかしな建築」崎山駅は当初、列車の交換を行うための「崎山信号場」として1954(昭和29)年に開設され、2年後の1956(昭和31)年には崎山駅として開業した経緯を持ちます。そのため、現在でも交換設備を用いて列車交換が行われています。
平成筑豊鉄道田川線はもともと国鉄およびJR九州の田川線で、国鉄時代には筑豊炭田で産出された石炭を輸送する重要な路線でした。崎山駅構内の線路がとても長いのは、長大編成の石炭貨物列車が行き来していた証です。
ホーム側から見て駅舎向かって左側の窓が高く、信号場の建物っぽい姿をしているのはその名残ではないかと思われます。そして駅として開業した際、客扱いエリアを増設して現在の姿になったものと想像できます。
また、駅構内には「昭和39年3月 崎山駅浴場」という記載がある小さな建物や、フタがついた井戸のような構造物も残されており、この駅を蒸気機関車が行き交っていた最盛期、崎山駅が重要な拠点だったようすを偲ぶことができます。
いつまでも あると思うな 木造駅九州では、同じく廃屋のような駅舎を持っていたJR九州筑肥線の肥前長野駅(佐賀県伊万里市)も、日本有数のオンボロ駅として知られていましたが、近年ほどよく修繕や清掃が行われ、1935(昭和10)年に建築された当時の姿や、味わい深い古さを残す好ましい状態に整備されました。

待合室。綺麗に清掃されていて、駅が愛されているのが感じられる。本棚の本は自由に読んでいいようだ(遠藤イヅル撮影)
崎山駅も、戦後築とはいえ貴重な木造駅舎。現状を見るに大規模な修繕は困難かと思いますが、何らかの方法で今後も残されていくことを期待します。
建物はオンボロですが、単なるボロ駅ではなく、現役駅としての生気や活気を感じられた崎山駅。とはいえ、建物自体の状態は決して良好ではないのも確か。いつか見に行こうと思っていたら、ひっそりと解体されてしまうかもしれません。
「いつまでも あると思うな 木造駅」という言葉を筆者は勝手に考えて使っていますが、そうならない前の訪問をお勧めします。