アメリカはトランプ大統領の意向も踏まえて、A-10攻撃機を2026年度中に退役させる方針でしたが、2025年7月、上院でその方針が否決されました。「不死身のイボイノシシ」とも呼ばれるA-10は、なぜなかなか退役できないのでしょうか。
「老朽化したA-10はコスパが悪い」。トランプ大統領の意向を反映したアメリカの2026予算度決議案が2025年4月10日に下院で可決されました。第1期トランプ政権時代の減税を延長し、連邦政府債務の増加を見込む一方で、歳出を見直して削減することを求めるものです。
2020年6月、「自由の番人作戦」を支援するため、アフガニスタン上空を飛行するA-10「サンダーボルトII」(米空軍パブリックドメイン)
防衛・国家安全保障予算要求額は横ばいですが、ハイテクミサイル、ドローン、兵士の給与引き上げに重点を置き、コスパの悪い従来兵器には大ナタが振るわれています。その一つがA-10攻撃機です。現有の162機を2026年度中に全機退役させることを提議し、退役経費5700万ドルが計上されています。
しかし、7月9日の上院軍事委員会では、A-10が2026年度に103機を下回ってはならないことを求めた2026年度国防権限法案(NDAA)案を可決します。トランプ大統領の今年度中の全機退役案を、事実上拒否した形です。
A-10は1977年に就役した、低空・低速での地上部隊支援(近接航空支援:CAS)を目的とした攻撃機で、頑丈な構造と強力な武装、長時間の滞空能力が特徴です。議会や空軍の一部にはA-10の退役を懸念する声が根強くあります。2025年7月7日には16名の将官(退役を含む、元空軍参謀総長6人も含む)が議会に宛てた書簡を発表し、「F-35の増産は歓迎するが、A-10の戦術的価値は代替できない。A-10の早期廃棄を強く懸念する」と訴えています。
下院公聴会では、国防総省の試験評価室所長J.マイケル・ギルモア氏が、F-35Aの25mm機関砲(装弾数182発)はA-10の30mm機関砲(同1150発)に比べて火力が劣り、連射時間も短いため、CAS任務では不利であると証言しました。また、国防シンクタンクのピエール・スプレイ氏は、F-35にはCASに必要な目標視認性・耐久性・低速低空運動性が不足しておりA-10の代替にはならないと批判しています。
アメリカ空軍は2014年に、A-10の完全退役を2028年とすることを初めて表明しますが、各方面から反対意見が出て退役時期は揺れ動いています。
2021年度には2029年度に延長。2024年度には2027年度に前倒し提案。第2次トランプ政権の2025年度になって2026年度中に完全退役が提議され、現在は上院で拒否という段階です。最終法案となるまでは、下院との調整および大統領署名を経る必要があるため、退役がどうなるかはまだ流動的です。
本当にF-35には代替できないのか?A-10は就役からほぼ半世紀が経とうとしています。本当にF-35では代替できないのでしょうか。

2021年8月、多国籍演習「ノーザン・ストライク21-2」でミシガン州アルペナの高速道路に着陸するセルフリッジ空軍州兵基地のA-10(米空軍パブリックドメイン)
F-35はマルチロール機であり、CASにも対応できるように設計されています。しかしA-10とはコンセプトが根本的に異なります。A-10は強靭で撃たれ強い、低速・低高度での長時間滞空能力があり、地上部隊と連携しやすい――とCASに特化されています。
一方でF-35は、ステルス性重視で撃たれることは考えていない、超音速機のため燃料消費が多く滞空時間はA-10より短い――などA-10とは正反対の特徴です。アフガニスタンなどで試験的に投入された際も「F-35ではA-10のような待機型支援が難しい」とする実地報告もあります。
A-10はイラクやアフガニスタンで実績を重ね、地上部隊にとっても頼れる空の戦友とされ、30mm機関砲などの強力な火力や「不死身」の異名をとるような生存性の高い強靭な機体にはエピソードを事欠きません。しかし、この過去の実績が「物語化」し、A-10を実力以上に評価しすぎていることは否めません。退役大将を含む16人もの将官が、議会に延命嘆願すること自体、過去の栄光物語にこだわりすぎているような印象です。
一方でA-10の退役議論には、単なる戦術的・経済的合理性を超えた政治的要素も絡んでいます。アリゾナ州やジョージア州など、A-10配備基地を持つ州の議員たちは、地元経済や兵士の雇用維持を理由にA-10の存続を強く主張します。こうした「地元ファースト」の姿勢は共和党、民主党の党派性を超えて共有されており、議会にA-10擁護の声が根強く残る理由の一つとなっています。
レーダーや電子機器、ネットワーク通信など現代戦に不可欠な要素がA-10にはまったく不足しており、2025年の米会計検査院(GAO)報告では、「A-10の耐久性には評価があるが、高度な防空網下では被撃墜リスクが高く、退役を急ぐべきとの見方がある」と冷静に評価されています。
A-10を維持すべきという議論は時代遅れになりつつあります。空軍も各方面からの干渉にうんざりしているのが本音のようで、予算が限られる中でA-10の引退を進めつつ、当面は精密誘導兵器搭載マルチロール機(F-35やF-16など)の併用が現実的な落としどころと見ているようです。
「不死身のイボイノシシ」は、代わるもの無き特異な能力と実績、現場からの信頼と思い入れ、そして政治的な後ろ盾が複雑に絡み合い、トランプ大統領の圧力も弾き返す生命力を示していることには注目すべきものがあります。