オーストラリアの新型フリゲートを提案していたドイツを退け、三菱重工業が優先価格交渉者になりました。その勝因を分析すると、このことが今後の日本へ重くのしかかって来るとも考えられます。
2025年8月5日、オーストラリアのリチャード・マールス副首相兼国防大臣と、パット・コンロイ国防産業大臣が記者会見を開催し、同国海軍のアンザック級フリゲートを後継する新型水上戦闘艦の優先価格交渉者に、三菱重工業を選定したと発表しました。日本にとって初となる艦艇の輸出に大きな道が開けました。
もがみ型護衛艦「もがみ」。オーストラリア向けは、これより大型の令和6年度護衛艦がベースになる(画像:海上自衛隊)
オーストラリア海軍は2025年8月現在、アンザック級フリゲートを7隻運用していますが、各艦とも艦齢が26年から20年に達しており、後継艦の導入計画を進めていました。
三菱重工業はこの計画に対し、海上自衛隊が運用しているもがみ型護衛艦の能力拡張型「令和6年度護衛艦」をベースとする新型艦艇の共同開発を提案。韓国とスペインの提案を退け、三菱重工業の提案と、ドイツのティッセンクルップ・マリン・システムズの提案が昨年11月に最終候補として選定されていました。
アンザック級はドイツのMEKO-200級フリゲートをベースに開発されています。またドイツの提案の方が日本の提案よりも安価だったという報道もありますので、防衛省は一時期、ドイツ案が優勢と見ていたようです。
にもかかわらず三菱重工案が採用された理由は、ドイツ案に比べて納期が早いことと、令和6年度護衛艦をそのまま輸出するのではなく、令和6年度護衛艦をベースにオーストラリアなどと新型水上戦闘艦を共同開発するという提案内容にあるのではないかと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。
ただ、決め手となったであろう二つの勝因は、今後、日本に重くのしかかってくる可能性もあります。
間に合いますか? あと「5年」オーストラリアのアルバニージー政権は、前政権時に策定されたアンザック級後継計画をかなり前倒しして進めてきました。このためアンザック級後継艦の1番艦の就役も、2030年を予定しています。
前にも述べたように、今回のオーストラリアの決定はあくまでも優先価格交渉者として三菱重工業を選定したというもので、価格交渉が順調に進んだとしても、おそらく正式契約は来年、2026年に行われるものと思います。
水上戦闘艦の建造と就役に要する時間は国によってまちまちなのですが、たとえばもがみ型護衛艦の1番艦「もがみ」は、起工から就役まで約3年半を要しています。もがみ型より大型の令和6年度護衛艦をベースに開発されるアンザック級後継艦は、もがみ型より起工から就役に要する時間が長くなると考えられますので、オーストラリアが希望する2030年の1番艦就役に間に合うのかどうかは、微妙なところです。
「日本ファースト」では決してなし得ない11隻の建造が予定されているアンザック級後継艦の1~3番艦は、日本国内で建造されます。このため日本政府は、オーストラリアが望むのであれば、2025年度中の起工が予定されている令和6年度護衛艦を、アンザック級後継艦に仕立て直して、海上自衛隊より先にオーストラリア海軍に引き渡すことも検討しています。

置き換え対象となるオーストラリアのアンザック級フリゲート(画像:オーストラリア国防総省)
オーストラリア海軍への優先引き渡しは、当然、海上自衛隊や日本の防衛計画にも影響を及ぼします。それでもオーストラリア海軍に優先引き渡しを行う価値があることを、日本政府は国民に丁寧に説明することが求められます。
また、令和6年度護衛艦には対艦ミサイルとして、国産の17式艦対艦誘導弾の搭載が予定されていますが、オーストラリアは共同開発となるアンザック級後継艦におそらくNSM(Naval Strike Missile)の搭載を求めてくるのではないかと思います。これはアメリカ海兵隊が運用しており、アメリカ海軍も導入を予定しているミサイルです。
その他の兵装に関しても、有事の際にアメリカなどからの融通を受けやすい、アメリカ製などの外国製兵装を求めてくる可能性もあると筆者は思います。
この場合、日本政府はアメリカなどと交渉を行う必要が生じますし、海上自衛隊の護衛艦に搭載されていない兵装の統合は、1~3番艦の建造を行う国内造船企業にとって、少なからぬ負担になるとも考えられます。日本には輸出用水上戦闘艦の建造をした経験がありませんので、アメリカなどとの交渉も、自衛隊で使用されていない外国製兵器の統合も、手探り状態で行うことになるでしょう。
このようにオーストラリアとの共同開発は「茨の道」になるとは思いますが、「茨の道」の先に何があるのかは、経験者にしかわかりません。この先も日本が防衛装備品の輸出をしたいのであれば、「茨の道」に飛び込んでいく必要はあると筆者は思います。
純粋な安全保障の面だけに目を向けても、同志国であり、もはや準同盟国でもあるオーストラリアの海軍力強化は、日本の安全保障をより強固にする可能性を秘めています。
オーストラリアとの水上戦闘艦の共同開発は、産業、安全保障の両面で日本のメリットになると思いますし、日本政府にはそのメリットを国民に説明していく必要があるとも思います。