1990年代は日本のクルマ市場において、若者がレジャーやデートを楽しむためのクルマが大きく様変わりしていった時代でした。メーカーは次世代の若者の心を掴むべく、新感覚のモデルをさまざまなアプローチで開発しましたが、そのなかでも成功を収めた例として数えられるのが、ホンダ「S-MX」とトヨタ「bB」の2台です。
【こんなところにティッシュ入れが!?】これがS-MXの「露骨すぎる」インテリアです(写真で見る)
1996年に発売されたホンダS-MXは、大ヒットしていた3列ミニバンの初代「ステップワゴン」をベースに、全長を短くして開発されました。ノーマルのスタイリングはシンプルながらも独特の迫力があり、また純正で車高が標準車より15mm低い「ローダウン」グレードも設定されました。
さらに、マフラー音も低周波の響きを重視してセッティングされたほか、エアロパーツも純正品をはじめ豊富にラインナップされ、当時流行していたドレスアップ・カルチャーを大いに意識していました。
特筆すべきなのはインテリアの構成です。4人乗りモデルは前後席ともベンチシートで、全席フルフラットにすると大人2人が寝られるセミダブルベッドほどの空間にアレンジできました。さらに、室内後方には頭をリアに向けて寝た際、手が届く位置にちょうど箱ティッシュが収まる小物収納スペースを装備しました。
S-MXは“走るラブホ”とも呼ばれましたが、キャッチコピーからズバリ「恋愛仕様。」。新しい若者向けのデートカーを明白に狙ったものでしたが、常識破りといえるほど“遊び心”に富んだモデルでもありました。
トヨタが本気で若者人気を取りに行った「bB」一方、トヨタbBは2000年1月に「東京オートサロン」でデビューしました。サイズはS-MXより一回り以上コンパクトでしたが、シンプルながら押し出し感のある箱型フォルムは近い雰囲気を持っており、こちらも20代の男性をターゲットに設定した1台でした。
また、bBもドレスアップ・カルチャーを多分に意識したモデルで、多数のエアロパーツやドレスアップパーツをトヨタのディーラーで買うことができました。また角度によって違うボディ色に見えることから大流行していた「マジョーラカラー」モデルのほか、ピックアップトラック的なモデルの「オープンデッキ」を純正で設定するなど、トヨタのホンキの遊び心を感じるモデルとなっていました。
大人気を博したbBは、2005年に2代目へとフルモデルチェンジ。アクの強い雰囲気はそのままに“オーディオ性能”に特化したモデルに進化しました。携帯ミュージックプレーヤーを接続できるAUX端子や、9つのスピーカーを持つ音響システムを備えるなど、若者文化を積極的に採り入れる姿勢をさらに先鋭化しました。
S-MXとbBは「お年寄り」にも大ウケ!?しかし、2代目bBは販売開始直後こそ好調だったものの、それまで堅調だった若者人気はだんだんと低迷。2009年に始まった通称「エコカー減税」の対象外となったことも響き、次第に市場での存在感を失い、2016年に生産終了となりました。
カスタムベースとしても人気となったトヨタ「bB」
ところでbBとS-MXは、実は意外なユーザー層からも一定の支持を受けていました。それが「お年寄り」などの足腰の弱いドライバーです。
SUVやハイトワゴンタイプが主流になった現在でこそ珍しくありませんが、S-MXやbBは若者向けのパーソナルカーである一方、当時の国産車のなかでは高めの全高を持つモデルでもありました。加えて、2車は箱型のスタイルも手伝って、コンパクトなサイズのわりに室内は広々しており、積載性も優秀でした。
乗り降りラクラクで、荷物も人も充分運べて、なおかつ取り回しに優れたサイズ。S-MXとbBは見方を変えた途端、お年寄りにうってつけなモデルと解釈することもできたのです。これは2代目bBが低迷しながらも、10年以上にわたるロングセラーとなったこととも無関係ではないかもしれません。
さらに、2代目bBの生産終了から約3か月後には、実質的な後継車に当たるスライドドア付きのハイトワゴン「タンク」がデビュー。タンクは後に絶版となりましたが、その兄弟車の「ルーミー」は今なお幅広い層から支持されてロングヒットを飛ばしています。“ヤンキー的若者”と“お年寄り”という、まるで正反対といえる層から支持を受けたS-MXとbBは、まったく予想外の形で新しいニーズを開拓したのでした。