2022年に破壊

“世界最大”となる640tの最大離陸重量を誇り、全長は84m、全幅は88.74mの胴体を持つ「世界最大の飛行機」として有名なアントノフAn225「ムリヤ」。世界で1機のみが稼働していましたが、残念ながら2022年にロシアによるウクライナ侵攻により破壊されてしまい現存していません。

その飛ぶ姿はどのようなものだったのでしょうか。

【写真】まさに怪鳥…これが「世界最大の飛行機」驚愕の全貌です

 An225「ムリヤ」は破壊時こそウクライナのアントノフ航空が保有していましたが、そもそもは旧ソ連時代に作られた機体です。

 米ソ冷戦のさなかでは旧ソ連の軍用機は秘密のベールに包まれていて西側の航空ショーに参加することはとても稀なことでした。ただ、1985年にソ連の指導者にゴルバチョフ書記長が就任するとペレストロイカ(変革)やグラスノスチ(情報公開)を掲げた改革が進められます。その一環として1985年のパリ航空ショーにはアントノフAn124「ルスラン」が出展されたのです。

 An124は量産化された輸送機としては世界最大のサイズを持つ機体であったことから、それまで“世界最大の軍用輸送機”として君臨していたC-5「ギャラクシー」を凌ぐ大きさで、世界の注目を集めることになりました。

 そしてその3年後、世界は再び空前の巨人機の出現を見ることになりました。

 An225は1988年12月21日に初飛行していますが、翌年の1989年8月にカナダ、バンクーバー市近郊で行われるアボツフォード航空ショーに参加。新型機が初飛行から1年以内に海外の航空ショー参加したことは、機体の完成度にかなりの自信があったのだろうと想像されます。

 しかしこの直後、ソ連は崩壊に向けて混乱の時代に突入したため、An225にとってソ連籍時代の海外遠征はこれだけでした。

 アボツフォード航空ショーでは展示飛行も行いました。もちろん、貨物を搭載しない身軽な形態で飛行したものと思われますが、会場上空では巨体に似合わないほどの軽快な旋回を見せただけではなく、その大きさにもかかわらず、観客席の前にある長さ1624mの短い滑走路でタッチ・アンド・ゴー(着陸直後に再加速し離陸する操作)も披露し観衆を沸かせたのです。

「空前の巨人機」はどう生まれたのか?

 そんなAn225ですが、ベースとなっているのはAn124で、それをさらに大型化した機体という位置づけです。開発の目的は、もともとソ連版スペースシャトルとして計画されていた宇宙往還機「ブラン」を背中に搭載して輸送することでした。

 最終的にはAn225は胴体と主翼の延長も図られ、エンジンもAn124より2基多い6基に。機体の重量はAn124の1,5倍という空前の巨人機となりました。

 An225は数々の世界記録を達成してギネス認定もされましたが、ソ連崩壊にともない「ブラン」は一度も宇宙に向かうことなくソ連版スペースシャトル計画は中止になりました。An225は当初の役割が消滅し、ウクライナ国籍となったわけです。

 その後An225は、一時放置されていた時期がありましたが、本機の比類のない搭載能力に目を付けたアントノフ航空が、この機を用いて特大貨物輸送ビジネスを開始します。こうしてAn225は世界各地へ重量貨物を空輸して活躍することになりました。

 An225が旧ソ連邦の国同士の戦闘に巻き込まれて失われてしまったことは何とも残念な話です。これからウクライナに平和が訪れて姉妹機が登場することを願っているのは筆者だけではないでしょう。

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