京王EV大型バス、中国製から国産へ転換

 京王電鉄子会社の京王バスは路線バスに、いすゞ自動車の国産初の大型電気自動車(EV)バス「エルガEV」を大量導入することを筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)の取材に明らかにしました。これまでの中国EV大手、BYD(比亜迪)の大型EVバス「K8」からの”路線転換”には、納得の理由がありました。

【まるで“電車”!?】スゴイ場所から録った「エルガEVの音」(動画で)

 東京都西部を中心に路線バスを運行している京王バス(京王電鉄バスを含む)は通常のディーゼルバス以外に、脱炭素化に役立つ環境対応車を2025年3月末時点で69台を抱えています。うち日野自動車の大型ハイブリッドバス「ブルーリボンハイブリッド」が52台、日野の連接ハイブリッドバス「ブルーリボンハイブリッド連節バス」が2台、それぞれ走行時に二酸化炭素(CO2)を排出しないゼロエミッション車であるトヨタ自動車の大型燃料電池バス「ソラ」が9台、BYDの「K8」が6台です。

「ソラ」は多摩(東京都多摩市)、桜ヶ丘(日野市)、高尾(八王子)の3営業所、「K8」は桜ヶ丘、永福町(杉並区)両営業所にそれぞれ所属しています。

 京王グループは2030年度のCO2排出量を19年度比で30%減らす目標を掲げており、京王バスの大きな柱がEVバスです。25年度はソラの導入が1台にとどまる一方、「エルガEV」を14台購入します。27年ごろまでにゼロエミッション車(EVバスと燃料電池バス)の保有台数を45台程度と現在の約3倍に引き上げ、路線バス全体のうち5%にする計画です。

 現在運行する中国製のEVバス「K8」は2023年度に2台、24年度に4台導入されました。全長が10.5m、全幅2.495m、全高3.27mで、日本発のEV急速充電方式「CHAdeMO(チャデモ)」に対応。モーターを動かすのに必要なバッテリーの充電1回当たりの航続距離は240kmです。

 定員は80人で、客室に25席あります。壁面に充電用のUSBポートを取り付けており、スマートフォンなどの充電に「ご利用いただいて構いません」(京王バス)と言います。

 まだ走行実績は限られているものの、京王バスは「社内アンケートでは騒音や振動の少なさについて高評価を得ている」と解説します。

完成度はスゴイ、でも「高い」国産

 一方、京王バスが2025年度に導入を始める「エルガEV」は、いすゞと日野が折半出資するバス製造会社、ジェイ・バスの宇都宮工場(宇都宮市)で24年11月に量産が始まりました。日本で21年1月に納車を始めた「K8」に比べて後発ですが、京王バスを含めて多くの国内バス会社が積極的に発注しているのは納得できる理由があります。

「高くても」国産EVバス、京王が大量導入へ 中国製から“路線...の画像はこちら >>

京王電鉄バスに所属する日野自動車の大型ハイブリッドバス「ブルーリボンハイブリッド」(大塚圭一郎撮影)

「エルガEV」で手始めに売り出された都市型モデル(ZAC-LV828L1)は全長が10.54m、全幅2.485m、全高3.33mで「K8」とほぼ同じ。同じくチャデモに対応し、充電1回当たりの航続距離は360kmと、「K8」の実に1.5倍に達します。

 もっとも、航続距離については既にEVバスを導入しているバス会社幹部が筆者に「実際の運行時の航続距離は各社ともメーカーの公称よりはるかに短く、公称は全く当てにならない」と断言しました。その要因とは「メーカーの公称は同じ速度で巡航した場合の数値なのに対し、路線バスは停留所に止まったり、信号待ちをしたり、渋滞で待ったりしながら運行するうえ、EVバスは季節によって変動がかなりあるためだ」とか。

「エルガEV」で目を見張るのが、車いすやベビーカーの利用者、お年寄りにも乗降しやすく、車内でも移動しやすいバリアフリーの設計です。リアアクスル(後車軸)の左右にそれぞれモーターを内蔵することで、乗り降りしやすい低床化を実現。

 さらに、最前部の乗降口から最後部の座席まで段差がなく、いずれの座席もそのまま着席できます。バッテリーを屋根上と車体後部の床下に配置したことで実現できた設計で、段差がないため利用者が安全に移動できるのは大きな利点です。

「K8」の場合、後ろ半分の座席に腰掛けるにはいずれも段差を上がる必要があります。筆者が見学した京王バスの車両は、乗客が気づかずに転倒することを防ぐため、段差の部分に黄色い線で縁取りするとともに、段差注意のシールを貼り付けて注意を呼びかけていました。

 ただし、「エルガEV」の都市型モデルの希望小売価格は5980万1800円(消費税込み6578万1980円)と、「K8」が日本で販売を始めた当初の価格の3850万円(税別)を大きく上回ります。

「高くても国産がいい」 でもいまは「健全な状態ではない」

 それでも京王バスが「K8」に代わって「エルガEV」の導入を決めたのには、納得できる3つの大きな理由があります。

「高くても」国産EVバス、京王が大量導入へ 中国製から“路線転換” バス会社の本音を聞いた
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京王バスが運行するトヨタ自動車の燃料電池バス「ソラ」の銘板(大塚圭一郎撮影)

 1つは国と東京都のEVバスの補助金を活用すると、実質価格では「K8」とは大差がないためです。

 走行中に排ガスを出さないEVバスの普及を図るため、国と都は基準となるディーゼルエンジンバスとの差額を負担しています。バス運行事業者としては実質価格が同程度であれば、性能面で「K8」を上回り、国内生産のため日本経済および雇用に大きく貢献する「エルガEV」を選ぶのは自然です。

 2つ目は国産バスの品質が高く評価されているためです。筆者の取材に応じた京王バスの田井豊典取締役安全技術部長は「国産EVバスはモーター部分を含めてきれいに造ってある」とする一方、「海外製だと見た目はバスに仕上がっていても、料金箱や案内用液晶パネルを取り付ける際に配線を通したり、設置したりすることを想定しないような造りになっていることがある」と指摘しました。

 残る1つは、故障時のアフターケアを含めた信頼性があるためです。田井氏は「長く使う中で故障が一切発生しないこともおそらくなく、部品交換は絶対発生するため、その時に支援が得られるかというアフターケアの体制は気になる」と話し、「エルガEV」を販売するいすゞは路線バスを長年手がけてきた信頼感があるとの認識を示しました。

 京王バスは将来的なカーボンニュートラル化を視野に入れ、保有する路線バス全体の2割に当たる180台をゼロエミッション車にする「内部目標」を策定しました。脱炭素化を進める中で、国と東京都の補助金を活用すればEVバスのコストパフォーマンスが高いことが背景にあります。

 田井氏は、導入費用と運行コストを含めたライフサイクルコストをみると「EVバスが計算上は一番安く、あとはハイブリッドバス、ディーゼルバス、燃料電池バスの順番となる」と説明します。

燃料電池バスの購入にも国と東京都の手厚い補助金が適用されるものの、燃料の水素の価格高騰が運行コストを押し上げるためです。

 一方、補助金がなかった場合のライフサイクルコストは「ディーゼルバス、続いてハイブリッドとなり、すごい差があってEVバス、燃料電池バスの順番になる」と教えてくれました。現状では「EVバス、燃料電池バスともに補助金なしにはライフサイクルコストでの採算は取れない」と断言します。

 田井氏は「EVバスと燃料電池バスの導入が補助金頼みなのは「事業として健全な状態とは言えない」とし、「ゼロエミッションバス市場全体の技術革新と価格競争が進むことを強く期待しています」と訴えています。

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