巨大船は港内が苦手

 全長400mにも達する現代の大型船は、一度に大量の貨物を運べる一方、港の中では極めて扱いにくい存在です。

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 その巨大な質量ゆえの慣性(動き出したら止まりにくく、停止した状態からは動き出し難い性質)と、低速での操縦性の悪さが大きな弱点となります。

 船の向きを変える舵(かじ)は、プロペラが回って水流が当たらないと効きません。岸壁に近づくための超低速航行や、停止に近い状態では舵の効きが著しく低下し、風や潮流の影響をまともに受けます。

 ゆえに、巨大な船体を真横に動かしたり、狭い場所で方向転換したりするといった“繊細な動き”は苦手です。

 この大型船の弱点を補い、港内での安全かつ効率的な離着岸を実現するのが、タグボートの最も重要な役割です。タグボートは日本語では「曳船(えいせん)」といい、その強力なパワーと卓越した機動性で、大型船が自力ではできない精密な操船を代行・補助します。

 タグボートが「小さいのに力持ち」なのは、船体のサイズに比べて不釣り合いなほど強力なエンジンを搭載しているからです。

 日本の港で活躍する代表的なタグボート(4000馬力級など)は、全長30~35mほどです。船体サイズはそれほど大きくありませんが、船内の多くのスペースを巨大なエンジンと燃料タンクが占めていますただ、船の構造上スピードではなくパワーに振った造りのため、速度は遅いです。

 巨大な船を押したり引いたりするのに特化した作りゆえに、タググボートには専用の能力指標が設けられています。代表的なものが、「ボラードプル」、すなわち静止曳航力です。これは停止した状態での引っ張る力(押す力)を示し、国際的には「kN」で定義されます。

 ちなみに、国内の事業者が公表するスペックでは「曳航力(t)」表記も多く、出力4000馬力級で50t台の例が確認できます。

 なお、ボラードプルは、静止曳航力試験で得られた“最大連続値”として文書化され、IMO(国際海事機関)のガイドライン等に基づく試験・確認の枠組みの中で示されます。

カニのように動く驚異の機動力どうやってる?

 タグボートのもう1つの特徴が、驚異的な機動性を生み出す特殊な推進システムです。

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貨物船を推すタグボート(画像:写真AC)

 現代の多くのタグボートは、一般的な「プロペラ+舵」の組み合わせではなく、推進器自体が360度水平方向に回転する「アジマススラスター」(Zドライブ〈Zペラ〉やポッド推進器)や、複数の垂直翼の角度を変えて推力と方向を制御する「フォイト・シュナイダー・プロペラ(VSP)」といった装置を搭載しています。

 これらの推進器により、タグボートは舵なしで、その場での360度旋回や、船の向きを変えずに真横への移動(いわゆるカニ歩き)が可能です。

 この能力によって、タグボートは自慢のパワー(ボラードプル)を前後だけでなく真横や斜めなど、あらゆる方向へ瞬時に向けることができます。

 実作業では、タグボートは船首の分厚い防舷材(フェンダー)を大型船の側面に当てて「押す」、あるいは太い係船索(タグライン)で「引く」という動作が基本です。

 なお、むやみに押すのではなく、大型船の船体のうち、タグボートが押しても大丈夫なように補強された場所(プッシュポイント)を正確に押す必要があります。

 ここで求められるのは、まさに職人技です。

 港では大型船の船長や水先人(パイロット)が乗船し、無線で複数のタグボートに「右へ半分の力で押して」「左一杯で引いて」などの精密な指示を出します。各タグボートの船長は、その指示に従い、特殊推進器を巧みに操って要求された力を正確に提供します。

 強力なエンジンが生み出す「パワー」、それを自在に向ける「機動力」、そして水先人とタグボート船長たちの「連携技術」。この3つが一体となることで、港の安全と効率は支えられています。

 ちなみに、タグボートも近年はハイブリッド化やLNG(液化天然ガス)、さらには温室効果ガスの大幅削減が期待されるアンモニア燃料の採用など、環境性能と安全性の両立に向けた取り組みが進んでいます。地味ながらも不可欠な存在であるタグボートも、進化し続けているのです。

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