内陸のケンタッキー州で目撃された未確認飛行物体

 2020年にアメリカ国防総省(当時)が、かつて軍用機によって撮影された映像に写っている被写体の一部をUAP(Unidentified Aerial Phenomenon:未確認空中現象)として認めたことで、アメリカ政府/軍がUFO(Unidentified Flying Object:未確認飛行物体)の存在を認めたという誤報道を生み、世間を騒がせたことがありました。

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 実はこのUFO、人類史においてかなり以前からその存在が信じられてきましたが、1948年1月7日に起こった「マンテル大尉事件」も、そんなUFOに絡んだ事件として知られています。

 事件の発端は、7日13時15分にケンタッキー州フォート・ノックスのゴッドマン航空基地に飛び込んできた1本の通報でした。連絡してきたのはケンタッキー・ハイウェイパトロールで、その内容は「メイズビル付近で不可解な飛行物体が目撃された」というものでした。

 この初報に続いて約20分後の13時35分頃、続報が入ります。物体は直径70~90m程度のサイズで、西へと移動しているというものでした。ここまでの情報を受け取ったゴッドマン基地管制塔は、さらに10分経った13時45分に管制責任者と管制官がその物体を目視で確認。それが気球なども含む航空機などではないと判断しました。

 そこでゴッドマン基地管制塔は、訓練でジョージア州マリエッタのドビンス航空基地からケンタッキー州スタンディフォード航空基地まで飛行中だったケンタッキー空軍州兵第165戦闘飛行中隊CフライトのF-51D「マスタング」戦闘機4機に対し、当該の飛行物体に接近して目視観察せよと命じます。

 これを受け、Cフライトの隊長を務めていたトーマス・フランシス・マンテル・ジュニア大尉は、フライトを率いて飛行物体への接近を試みましたが、1機が燃料不足に陥って離脱し、基地へと戻っていきました。そこで、残る3機で上昇を続け、すでに目視できている飛行物体へと接近。この時マンテルは、飛行物体のおおよその高度や速度を報告しています。

当初は「金星」→後に「気球」を誤認と訂正

 対してゴッドマン基地管制塔は、マンテル大尉にさらなる詳細情報を求めます。そこで彼は15時15分に「きわめて大きく、陽光を反射しているので金属製のように見える」と返答しました。

米軍P-51戦闘機が追跡した「直径90mの未確認飛行物体」と...の画像はこちら >>

アメリカ軍のP-51「マスタング」戦闘機(画像:アメリカ陸軍)。

 Cフライトはさらに上昇を続けましたが、高度が2万2000フィート(約6705.6m)となったところで、部下の2機の呼吸用搭載酸素量が不足となり上昇を中止します。この状況はマンテル機も同様でしたが、隊長としての責任からか、彼はさらに上昇を続けました。

 その後、マンテルは高度25000フィート(約7620m)への到達予定時刻を報告して以降、無線での問いかけに対する返答があやふやとなり、やがて交信が途切れてしまいました。

 そして15時50分、ゴッドマン基地管制塔は、マンテル機がケンタッキーとテネシーの州境ある町、フランクリンの南に所在する農場に墜落したという連絡を受けました。墜落には目撃者がいて、同機が螺旋降下で地上へと向かったと証言しています。なお、墜落現場で発見された彼の遺体の腕時計は、15時18分で止まっていました。

 この墜落に関して、空軍は当初「金星を未確認の飛行物体と誤認し、高高度飛行用の酸素搭載量が不十分だった乗機F-51Dで上昇を続けた結果の事故」と発表。しかしのちに、未確認の飛行物体に誤認されたのは金星ではなく、海軍の高高度気象観測用無人気球だったのではないかと改められました。

 というのも、同気球は事件当時まだ海軍の秘密プロジェクトであり、空軍は詳細を知らなかったからです。ちなみに同気球は、事件当日の早朝ミネソタ州で放救されており、同日16時頃には、ケンタッキー州内でも目撃されています。

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 なお、この日に組まれていたケンタッキー州兵空軍第165戦闘飛行中隊Cフライトの飛行訓練のカリキュラムには、酸素呼吸を必要とする高高度飛行は含まれていませんでした。

米軍P-51戦闘機が追跡した「直径90mの未確認飛行物体」とは? 公式見解も二転三転
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アメリカ海軍が1940年代後半から50年代にかけて気象観測に用いた無人の高高度気球「スカイフック」。写真はミサイル実験艦「ノートン・サウンド」から同気球が放たれたところ(画像:アメリカ海軍)。

 そのため空軍の報告書では、機内酸素ボンベには十分な酸素が充填されておらず、2機は上昇を断念したものの、隊長のマンテル大尉だけは、指揮官としての使命感から上昇を継続。やがて彼が酸欠で失神すると、制御を失った乗機は、プロペラのトルクの影響で緩やかに左への旋回を開始。やがて旋回がさらに進んで錐揉みに入り、ついには空中分解を起こして墜落したという見解が記されています。

 また、機体の残骸を調査分析したところ、減速操作や錐揉みからの回復を試みたと思われる形跡が見られたことから、降下中にマンテルは意識を回復していたのではないかとも推察されています。

 確かに、墜落自体の原因としては、このような仮説が唱えられるかも知れません。しかし最初は金星、次に高高度気象観測用無人気球とされた肝心の未確認の飛行物体は、本当に高高度気象観測用無人気球だったのでしょうか。

 というのも、この事件の直前からアメリカ空軍は未確認飛行物体調査機関「プロジェクト・サイン」を開設しており、以降「プロジェクト・グラッジ」「プロジェクト・ブルーブック」(1969年に閉鎖)と組織名を変更しながら、さまざまな未確認飛行物体関連事案の調査と検討を続けていたからです。

 未確認飛行物体については、現在も目撃事例が続いています。一方で、人類が宇宙探査を行っているということは、他の星の知的生命体が同様の探査を行おうと地球に飛来していてもおかしくないでしょう。

 そう考えると、マンテル大尉らが遭遇した探査機がUFO(未確認飛行物体)だった可能性も、決して否定できないといえるのではないでしょうか。

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