JR山陰本線は、京都~幡生間の営業キロが在来線で日本最長の673.8kmを誇ります。そのほとんどの区間が非電化単線であり、輸送人員が少ない区間も多く、風光明媚で近代化も遅れたことから、紀行作家の宮脇俊三氏は「偉大なるローカル線」と呼んだほどです。
この山陰本線には、わずか2.2kmの支線があります。山口県長門市内の長門市~仙崎間を走る通称「仙崎支線」です。
仙崎支線は、厚狭-長門市間を南北に結ぶ「美祢線」が2023年に被災して運行不能となるまでは、列車が美祢線と直通運転するのが基本でした。この流れを受けて、現在の美祢線代行バスにも、仙崎駅まで直通する便があります。この仙崎支線は、美祢線と一体となって歩んできました。
美祢線は1905(明治38)年の山陽鉄道による厚狭~大嶺の開業を皮切りに、私鉄と国が路線を延伸・国有化といったプロセスを経て1924(大正13)年に正明市(現・長門市)まで全通。「美禰線」(後に「美祢線」)と改名されます。
そして1930(昭和5)年、正明市~仙崎間の貨物支線が開業しました。この時点では貨物支線も美禰線に属していました。1933(昭和8)年、この貨物支線は山陰本線に編入され、同年に旅客営業も開始しています。
国鉄時代には仙崎漁港で水揚げされた海産物を売る行商客の利用が多かったことから、仙崎発の始発列車は早朝の4時台に設定されていました。1978(昭和53)年には1日20往復運転されていた時期もありました。
仙崎支線がどのように利用されているのか、2025年11月の火曜に長門市15時55分発仙崎行きと、仙崎16時6分発長門市行きの列車に乗車しました。
長門市15時55分発の乗客は、筆者(安藤昌季:乗りものライター)を含めて2人だけ。もう一人も鉄道写真を撮影しているので、おそらく鉄道ファン。つまり純粋な生活利用はゼロということになります。
長門市駅を出発した列車は、山陰本線としばらく並走した後、仙崎支線に入ります。市街地のため沿線は人家が多く、踏切もそれなりにありますが、一方で田んぼも点在します。
4分ほど走って終点の仙崎駅に到着。金子みすゞ記念館が近隣にあり、観光列車「みすゞ潮騒」、現在は「○○のはなし」が乗り入れているため、かなりきれいに整備された駅です。駅舎内には2019年にできた地元出身の作詞家・大津あきらさんのギャラリーもあります。
折り返しの仙崎16時6分発長門市行きには、高校生16人が乗車し、私と鉄道ファンの男性を合わせて18人とにぎやかに。しかし長門市にすぐに到着しても、高校生たちは席を立ちません。
せっかくなので、元々一つだった美祢線の代行バスにも乗車します。長門市16時34分発・厚狭行きの美祢線代行バスには、13人が乗車していました。大半が高校生ですが、高齢者も乗っています。
伊賀町で1人乗車、長門湯本で3人下車・3人乗車と動きがあります。重安は乗降なし。大きな動きがあったのは美祢で6人下車・24人乗車となり、車内は立客も出る盛況ぶりです。美祢には長門市行きのバスを待つ数十人の高校生もおり、この区間でかなりの需要があることがうかがえます。
南大嶺でさらに2人が乗車、厚保で2人が下車、終点の厚狭では39人が下車しました。代行バスは駅に立ち寄りながらも鉄道並みの所要時間にするためか、スピードを出しており、余裕のないダイヤで運転しているように感じました。
美祢線は鉄道では復旧せず、BRT(バス高速輸送システム)によるバス転換になるようですが、せめて軌道を専用道路化して高速化できる区間は活用してもらいたいものです。

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