「騎兵がサーベルや槍を煌(きら)めかせ、戦車に突撃した」
1939年9月、第二次世界大戦の発端となったドイツのポーランド侵攻で、「ポーランド騎兵がドイツ戦車に無謀な突撃を行った」という話は、戦史の定番として流布しています。ドイツ軍の近代化された機甲部隊による「電撃戦」に翻弄されるポーランド軍の前近代性を象徴する分かりやすい逸話として語られがちです。
しかしこれは、事実ではありません。実際に騎兵と戦車は戦場で相対しましたが、時代遅れの騎兵が近代兵器に粉砕されたという単純な構図は、後世に作られたイメージにすぎません。
話の元ネタになったのは、開戦初日の1939年9月1日、ポーランド北部のポメラニア県で生起した「クロヤンティの戦い」です。クロヤンティ村郊外の森付近で休息していたドイツ第20歩兵師団隷下の第76歩兵連隊に対し、ポーランド第18ポメラニア・ウーラン(槍騎兵の意)騎兵連隊が不意急襲しました。ドイツ軍は混乱に陥り退却し、第20歩兵師団の前進計画も遅延しました。
問題はその後でした。ドイツ側の第20偵察大隊の一部と思われる装甲部隊が現れ、ポーランド騎兵は損害を受けて撤退します。戦闘後に到着したドイツ人とイタリア人記者が、ポーランド騎兵の馬と兵士の死体と並んだドイツ軍戦車を見て、「ポーランド軍騎兵が戦車に無謀な突撃をした」と報じたことが発端です。
ドイツ軍はこの話を、「近代化された自軍」と「時代遅れのポーランド」を対比するプロパガンダとして利用しました。さらに戦後は、ソ連もポーランドに擁立した共産政権を正当化し、亡命政権を貶める政治宣伝に用いたため、この逸話は誇張されながら広く流布したようです。
「騎兵」の名はエリートの称号に1939年の戦役では、ポーランド軍騎兵は16回の攻撃を実施したことが記録で確認されています。しかもそのほとんどで任務を達成しています。
当時、ポーランド陸軍の全兵力の約10%が騎兵だったとされています。それらは機動戦略予備として馬で機動できる歩兵の扱いでした。75mm砲、豆戦車、37mm対戦車砲、40mm対空砲、対戦車ライフルなどの近代的な兵器を装備し、戦線の穴を埋める「火消し」の精鋭部隊だったのです。
一方のドイツ戦車部隊は、装甲も火力も貧弱なI号・II号軽戦車がほとんどで、機動力の高いポーランド騎兵と対戦車火器の組み合わせは、ドイツ戦車を悩ませました。
ドイツのI号・II号軽戦車は10年を経ずしてVI号重戦車「ティーガー」まで超進化したように、当時の戦車進歩は異次元レベルでした。一方で馬も第二次大戦を通じて使われ続け、単なる輸送手段にとどまらず、乗馬で機動力のある歩兵部隊として騎兵は各国で運用されています。
ちなみに戦史上最後の騎兵による大規模戦闘は、1945年3月、日中戦争の老河口作戦で、日本陸軍騎兵第4旅団が中国軍の老河口飛行場に対する攻撃とされています。ただしイメージするような乗馬襲撃ではなく、戦車隊の支援も受けた機動展開作戦で、歩兵として下馬戦闘をしています。
第二次大戦後は現役の戦闘職種としての騎兵は姿を消しました。しかし「騎兵」という名称そのものは、各国軍で今も生き残っています。
現代における騎兵の後継は、機甲部隊・空挺部隊・航空部隊といった、高い機動力を持つ兵科です。馬は兵器ではなく、騎兵の名は歴史と伝統、そしてエリートの称号として受け継がれているといえるでしょう。
2022年2月24日、ロシアが「特別軍事作戦」と称してウクライナに軍事進攻を開始します。この戦争は5年目に突入して第二次大戦の独ソ戦よりも長くなってしまいましたが、従来型の機甲戦から対戦車ミサイル、無人機、精密誘導兵器と次々に新兵器と新戦術が登場しています。この戦場環境の激変は、第二次大戦時の戦車の異次元的進化を彷彿とさせます。
その変化の一つが、騎兵の復活です。公式に確認されたわけではありませんが、ロシア軍が乗馬歩兵を使っていることは確かなようです。
ロシアメディアは馬について、地表の異物に敏感で地雷を回避しやすい、車両に比べて音は静かで発熱量も少ない、夜間視力に優れる、方向感覚を持ち危険を避けて自律的に移動できる――などの「利点」を挙げ、「21世紀の戦場における伝統的な戦術」「創意工夫」としてプロパガンダさえしています。西側では「最新鋭戦車から4年で騎兵に移行して勝利できるのか」と揶揄しています。
現代戦は宇宙領域の衛星コンステレーションまで駆使する最新技術のマルチドメイン戦だと謳われる中で、実際の戦場で兵士は、ドローンに怯えて空を見上げながら馬に乗って移動しています。ウクライナ軍のドローンオペレーターは馬を殺すのを躊躇し、ドローンの音で威嚇して馬を驚かせてロシア兵を落馬させ、人間だけを攻撃するという「新戦術」を開発したといわれます。これこそ技術進歩の歪みに翻弄される寓話です。
「騎兵がサーベルを煌めかせ、戦車に突撃した」物語は事実ではなく、実際は「最新技術は常に正しい」という安心感を与える寓話だったのかもしれません。現実は、技術が進歩するほど、戦争はむしろ原始的な要素、地形、人間、即席の工夫に引き戻されていきます。

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