東京の地下鉄線内で有料座席車両が運行される事例が近年増えています。しかし、特急用車両がそのまま地下鉄線内に直通するという事例は、小田急電鉄の特急ロマンスカー60000形電車「MSE」のみです。
【上質な空間】青いロマンスカー「MSE」の車内を見る(写真)
このような車両が実現したのは、2000年代初頭におけるロマンスカーの利用者層が関係しています。全体として観光よりも通勤や日常の利用が多かったのです。そのため、小田急線と直通運転する東京メトロ千代田線に特急ロマンスカーを走らせても需要はあると考えられました。
2005(平成17)年、小田急と東京メトロは「地下鉄直通用特急車両を製造し、直通運転を行う」と発表しました。当初は平日夕方に千代田線の湯島から小田急線の町田・相模大野まで直通運転し、土休日は小田急新宿駅を発着するロマンスカーになる予定でした。
地下鉄直通用ロマンスカーのデザイン・設計には、50000形「VSE」に続き、建築家の岡部憲明氏が起用されました。そして車両は60000形「MSE」に。「Multi Super Express」の略で、多彩(マルチ)な運行が可能な特急列車というコンセプトでした。
通勤用を前提に、30000形「EXE」のように6両と4両に分割併合が可能な貫通タイプに。地下鉄直通用として前頭部に貫通扉を設置する必要性もあり、VSEに設けられた展望席は採用されませんでした。
ただ、箱根湯本・片瀬江ノ島・御殿場方面は1号車1番CD席、新宿・北千住方面は10号車14番AB席を予約すれば、少しだけ前面展望を楽しめます。個人的には、地下鉄線内でトンネル内の風景を座りながら楽しめるのがおもしろいです。
外部塗装は岡部氏の意向もあり「地下鉄線内でも明るく輝くように」と、メタリックなフェルメール・ブルーを採用しました。「青いロマンスカー」は斬新で、登場時に話題になりました。
車内は、落ち着いた空間となるようVSEに続きヴォールトと呼ばれるドーム型の天井を採用。間接照明や座席上の電球色LEDを組み合わせて上質な雰囲気を演出しています。筆者(安藤昌季:乗りものライター)の主観ですが、地下鉄線内や夜間の走行時における車内の美しさは素晴らしいです。
人間工学を取り入れ、乗り心地を追求座席は、座席間隔983mmで回転式リクライニングシートを採用。テーブルは肘掛け内のみのインアームテーブルで、A4判ノートパソコンの作業に対応しています。インアームテーブルの形は、展開していても座席の方向転換ができるように配慮されたものでした。このため背面テーブルは設置されませんでした。
座り心地をシート厚に頼らず人間工学に基づいた薄型設計にしたことで、長距離でも疲れない座り心地を確保しながら足元にゆとりを持たせた座席は、EXEの1000mmより座席間隔は狭くなったものの、背もたれを薄くしたことで足元空間は42mm広くなりました。
座席鉄の筆者としては「クッション、特に背もたれが薄い」「座面がリクライニング時に凹まない」「背もたれが直線的」と感じ、やや惜しいという印象です。
3号車と9号車には「カフェカウンター」が設けられました。
ロマンスカー伝統の警笛「ミュージックホーン」も取り付けられ、小田急線と千代田線内で使用されています。
2008(平成20)年に運行を開始したMSEはその後、事前計画より広い範囲で使われています。平日は湯島ではなく北千住から、町田・相模大野ではなく本厚木まで「メトロホームウェイ」として足を延ばしました。土休日は北千住~箱根湯本間の「メトロはこね」として運行されたほか、2011(平成23)年まで東京メトロ有楽町線新木場駅に直通する臨時列車「ベイリゾート」にも使われました。
現在は、平日の「メトロホームウェイ」の一部が大手町発のほか、本厚木→北千住間の「メトロモーニングウェイ」にも使われています。土休日は分割併合能力を活かして、北千住~箱根湯本・片瀬江ノ島間の「メトロはこね・えのしま」として走っています。
また、2012(平成24)年からJR東海の御殿場線に乗り入れる「あさぎり」(現「ふじさん」、新宿~御殿場間)にも使われるようになり、まさに「マルチ」な活躍をしています。
地下鉄に直通する唯一の特急専用車両MSEも、登場から20年近くが経過しています。

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