観光バスや高速バスで活躍してきた2階建てバスは、2010年に国産車両の製造が中止されてから増備が進んでいませんでしたが、2016年、はとバスが海外製の新型を導入。これをきっかけに空港連絡バスや夜行高速バスにも登場しています。
2階建てバスは、観光バスや高速バスなどで一定の需要がありますが、その数は減っています。2010(平成22)年に、国産唯一の2階建てバスだった三菱ふそうトラック・バス製「エアロキング」が製造中止となったためです。
2018年3月に京成バス「有楽町シャトル」で運行を開始したスカニア/バンホールの2階建てバス「アストロメガ」(須田浩司撮影)。
多くの人を運べ、眺望にも優れるといったメリットのある2階建てバスは、夜行・昼行高速バスや定期観光バスのほか、いわゆる「高速ツアーバス」(かつて存在した道路運送法に基づかない旅行商品としての高速バス)などに採用され、特に北海道・東北を除くJRグループのバス会社では高速路線用に大量導入されていました。
「エアロキング」の製造中止は、排ガス規制への対応がコスト面から困難であるとメーカー側が判断したことがおもな理由ですが、これ以降、2階建てバスを多く保有するバス会社は、代替車両選びに苦労することになります。ジェイアールバス関東のように延命工事を施して使い続ける会社もあれば、西日本ジェイアールバスや近鉄バスのように、ハイデッカータイプの車両に代替する会社もあるなど、対応はさまざまです。なかには、近鉄バスや中国ジェイアールバスのように、夜行高速路線で活躍していた車両を改造し、定期観光バスに転用するケースも見受けられます。
海外製の新型2階建てバスが日本に導入されるまでそのようななか、海外製の2階建てバスに目を付けた会社があります。東京をメインに定期観光バスを運行する「はとバス」(東京都大田区)です。同社も多数の2階建てバスを保有しており、代替車両をどうするかという課題に直面していました。「ゆくゆくは2階建てバスが寿命を向かえて1台もいなくなってしまう」という危機感もあったそうです。
とはいえ、苦労も多かったとか。一番の問題は「バスのサイズ」でした。欧州で走るバスの幅は2.55m、全長も13m以上が主流であるのに対して、日本では法規で幅2.5m、全長12m以内とされています。欧州規格の車両を日本では走らせられるのは、決められたルートを走る路線バスに「緩和」として特別に許可された場合のみで、自由に走り回ることが基本の観光バスとしては難しいのです。
そこで、はとバスは日本の法規にあった2階建てバスの開発を各メーカーに嘆願しますが、多くのメーカーは「日本向けサイズの車体を開発するのであれば、大ロットで」と求めてきました。しかし、そのなかでベルギーの「バンホール」社から打診があり、「日本向けサイズの車両を作っても良い」との回答が。そこから先は順調に話しが進み、ボディーはバンホール社製の「アストロメガ」(型式名:TDX24)を、エンジンとシャーシ(フレーム)は過去の実績やサービス体制を熟慮した結果、スウェーデンのスカニア社製を採用することを決定します。

はとバスの「アストロメガ」(画像:はとバス)。
こうして、導入検討開始から5年を経て、2016年にスカニア/バンホール「アストロメガ」の1号車が導入されました。はとバスは今後も、このタイプの車両を増備する予定です。
高速バスにも登場 「バリアフリー」「大量輸送」だけではない効果スカニア/バンホール「アストロメガ」はその後、東京ヤサカ観光バス(東京都北区)などで観光用として導入されますが、2018年に入り、ついに高速バスにもデビューしました。
京成バス(千葉県市川市)は、東京駅鍛冶橋駐車場~成田空港間を結ぶ空港連絡バス「有楽町シャトル」に「アストロメガ」を1台導入し、2018年3月29日に運行を開始しました。同路線は、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて国土交通省が推進する「公共交通機関バリアフリー化実証実験路線」のひとつ。車体側面から自動リフトで車いすを載せる「リフトつき高速バス」で問題となっていた「車椅子利用者の乗降時間」と「乗車定員減少」というふたつの課題をクリアできる点に着目したものです。座席は、2階席が4列シートで51席、1階が車いす介助者用の座席1席で、計52席となっています。
実際に私も乗車してみましたが、車体デザインの関係からか、足元は「エアロキング」よりも広く感じました。乗り心地も、欧州車独特の「固さ」は感じられるものの、高速道路走行時も安定しており、人によっては「エアロキング」よりも良いと感じるかもしれません。シートも身体をしっかりとホールドする形状になっており、昼行便であれば問題ないレベルだと感じました。また、2階の最前列席はさえぎるものがなく、普段とは違った車窓が楽しめておすすめです。

ジャムジャムエクスプレスが2018年4月から夜行バスで運行を開始した「アストロメガ」(中島洋平撮影)。

京成バス「有楽町シャトル」に導入された「アストロメガ」2階席(須田浩司撮影)。

車いすの乗降はスロープ板で行う(中島洋平撮影)。
「大量輸送の実現」という、2階建てバス最大の特徴を生かした用途への使用も始まっています。
座席数は2階席が49席、1階席が10席の計59席。1階にはトイレと車椅子スペースを完備しています。通常タイプのバス(トイレつき4列シート36席)と比較して、輸送力が1.6倍、2台走らせばプラス1台分の人数を運ぶことができ、この点はバス会社側からすれば最大のメリットです。もちろん、バリアフリーに対応することにも重点が置かれています。
一方で、ジャムジャムエクスプレスとしてはPR効果も狙っています。他社では「エアロキング」を運転したいがために入社したという人もいますが、運行発表から実際に問い合わせも来ているなど、すでにその効果は表れているようです。今後は関東~名古屋間、関東~仙台間での導入も検討しているといい、高需要の格安路線においてはかなりのメリットを享受できるのではないでしょうか。
デメリットはあるが…大手も導入検討最後に国産2階建てバス「エアロキング」と「アストロメガ」を比較してのメリット、デメリットを考えてみます。
「大量輸送の実現」「バリアフリーへの対応」という点は双方の車両で共通ですが、「アストロメガ」には加えて、「室内空間の広さ」「(最新の運転支援装置による)安定した乗り心地」「トランクルームの広さ」がメリットとして挙げられます。
特に「バリアフリーへの対応」については、高速バスのバリアフリー化が国土交通省から求められており、当初この対象外であった高速バスの適用除外認定車両についても、2020年までに25%をバリアフリー化することが目標として掲げられています。費用対効果を検討する必要はもちろんありますが、このタイミングで日本市場に合った2階建てバスの登場は、バス会社にとっては「願ったり叶ったり」かもしれません。
また、「室内空間の広さ」については、「アストロメガ」は車体デザインの関係上、「エアロキング」と比較して2階席の有効面積が広いことが挙げられます。前後12列の座席を配置しても、通常車両の10列とほぼ同じシートピッチが確保できており、この点は乗客にとってもメリットであることは間違いないでしょう。
一方で「アストロメガ」には、「車両価格が高い」「客席に荷物棚がない」といったデメリットも。車両価格は通常の観光バスのおよそ2台分とされています。また、手荷物を車内に持ち込む場面が多い空港連絡バスや高速バスにおいて、荷物棚がないのというのは大きなデメリットになるのではないでしょうか。京成バスでは、1階客室の約半分を荷物棚にあてていますが、車内の荷物スペースをどのように確保するのかが今後の課題といえましょう。

京成バス「有楽町シャトル」の「アストロメガ」1階には荷物棚が設置されている(須田浩司撮影)。

「アストロメガ」のトランクルーム。実際には写真の倍程度の広さがある(中島洋平撮影)。

「エアロキング」で運行されるジェイアールバス関東「プレミアムドリーム号」。「アストロメガ」に比べ車体前面に傾斜がついている(須田浩司撮影)。
国産2階建てバスの製造中止から8年、ようやく日本市場に合った2階建てバスが登場し、普及の兆しも出てきました。