「コスパ最強」との呼び声の高い、スウェーデンの航空機メーカー、サーブ社の「グリペン」戦闘機。価格の安さはもちろんですが、実は「早さ」にもその根拠があります。

「速さ」ではありません。

「グリペン」戦闘機の「早さ」とは?

 戦闘機という兵器は、ただ飛ばすだけでも大変な労力を掛けなくてはならない乗りものです。アニメや映画など、フィクションにおいてよく見られる「帰還後に給油・武装しすぐ再出撃」というようなシーン、実はあまり現実的ではありません。

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スウェーデンのビゼル臨時飛行場にて、冬季訓練中のJAS39A「グリペン」。再出撃までの時間はわずか10分(画像:スウェーデン空軍)。

 戦闘機が基地などへ帰還したのちの、システムをシャットダウンしてから再始動、再び滑走路へ出ていくまでのことを「ターンアラウンド(再出撃)」と呼びます。そしてその必要時間「ターンアラウンドタイム」は、関わる人の数にもよりますが、F-15やF-16といった戦闘機においては、おおむね2時間から3時間といったところが現実的な数字です。

 ところが、このターンアラウンドタイムがわずか10分という、飛びぬけて優れたスペックを持つ戦闘機も存在します。スウェーデン国産の戦闘機、サーブ「グリペン」です。

「グリペン」のターンアラウンドは以下の手順によって行われます。たとえば、高速道路を流用した臨時飛行場の場合、「グリペン」は着陸したのち、1名の監督者と、その下におかれる予備役招集(後述)された5名の「列線整備員(機体の日常的な整備を担当)」、2両の整備車両などが待機する駐機場へ戻り、即座に機体システムをシャットダウンさせ、機器の誤動作を防ぐセーフティーピンを各部に差し込みます。

「早さ」の実現は設計段階から

 機体にセーフティーピンを差し込んだのち、整備員No.1はコックピットおよびエンジンの確認や、帰ってきたパイロットから不具合を聞いたり、機体の自己診断装置を操作したりし、その後は機体外周の損傷などを確認します。

 整備員No.2とNo.4は、外部兵装の装着を行います。通常、この作業が最も時間を必要とするため、後述の整備員No.3やNo.5が、自己の作業を終えたのちサポートに加わります。
 整備員No.3は機関砲弾の再装填を実施し、整備員No.5は、給油と機体各部にある整備用パネルのチェックを行います。

 すべての作業が終了後、セーフティーピンを抜きパイロットが搭乗、エンジンをスタートアップして、滑走路へ向かいます。この間、空対空兵装なら10分、重いミサイルや爆弾など搭載に時間がかかる空対地フル兵装でも20分で済むとされます。

 驚くべきは、本来ならば十分な設備の整った航空基地において、高い技能を持った膨大な人数の専門職が行うべき「作業」を、臨時飛行場のような場所で、しかも普段はほかの仕事をしている予備役の整備員によっても、上述のような異次元の早さで可能にしていることです。「グリペン」の機体は可能な限りシンプルに、かつ必要な機器が最低限となるよう、設計時から配慮されているのです。

異次元の「早さ」どう実現? スウェーデン戦闘機「グリペン」のひと味違う設計思想

ビゼル臨時飛行場から離陸するJAS39A「グリペン」。短い滑走路でも離着陸可能な、高い短距離離着陸能力を持つ(画像:スウェーデン空軍)。

 このようにターンアラウンドタイムを最小化することによって、「グリペン」は、ほかの戦闘機では難しい1日2回以上の作戦を、継続して行うことを前提としています。ほかの戦闘機が1日に2度も3度も出撃するのは「全力疾走」に近く、整備員たちに休む暇も与えない大変な負担を強いることになるため、よほど大人数を用意しない限り、せいぜい数日続けるのが限度です。もし強行すれば、倒れるか、ミスによる事故発生につながりかねません。

「グリペン」は、ジェット戦闘機のなかでもかなり小型の部類で、搭載量や航続距離といった基本的な性能は、決して高いとはいえません。しかし、危急存亡のときには、1日に2度、3度と出撃することで、100機が200機300機ぶんの働きを可能とし、実際の性能と機数以上の戦力を発揮できます。

コスパのもう1本の柱、「安さ」について

「グリペン」は東西冷戦終結直前に開発が始まり、90年代後期に実用化されました。スウェーデンでは一時期、臨時飛行場における訓練を止めましたが、約10年のブランクののち2015年に再開しています。

 また「グリペン」を原型に、大型化し大幅な性能向上を果たした、事実上の新型機である「グリペンE」が、まもなく「グリペン」の後継機として配備されようとしています。「グリペンE」もまた10分のターンアラウンドを可能とする、同じ哲学の元に設計されています。

異次元の「早さ」どう実現? スウェーデン戦闘機「グリペン」のひと味違う設計思想

2016年5月にロールアウトした「グリペンE」戦闘機(画像:サーブ)。

 現代では、1日に何度も出撃しなくてはならない、全面戦争の危機はほとんど考えられなくなりつつありますが、扱いやすいメリットは、すなわちお金がかからないとも言い換えることができます。「グリペンE」における、製造単価から燃料、廃棄に至るまでに必要な経費「ライフサイクルコスト」は、1機あたり約100億円。航空自衛隊が擁する三菱F-2戦闘機のライフサイクルコストは、1機あたり370億円ですから、単純には比較できないにせよ、いかに破格であるがわかります。

 どこの国においても、防衛支出はとかく批判を受けやすい存在です。それを抑えつつ、本格的な航空戦力を整備することができる「グリペン」そして「グリペンE」は、スウェーデンのみならず中小国向けの戦闘機市場において、魅力的な選択肢となっています。

【写真】「グリペン」は小型なほう B-52先頭にF-16などと編隊飛行

異次元の「早さ」どう実現? スウェーデン戦闘機「グリペン」のひと味違う設計思想

写真左上から反時計回りに、スウェーデン空軍「グリペン」×4、独空軍「ユーロファイター」×2、米空軍B-52、ポーランド空軍F-16×2、米空軍F-16×4。遠近の差があるとはいえ、「グリペン」は「ユーロファイター」などと比べて小型なほう(画像:アメリカ空軍)。

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