東アフリカのソマリア沖・アデン湾といえば、かつては海賊のはびこる危険な海域として広く知れ渡っていたものです。その対処に派遣された海自哨戒機パイロットに、実際の現場の様子を聞きました。
近年(2019年1月現在)、東アフリカのソマリア沖・アデン湾における、海賊事件に関する報道を目にすることがほとんどなくなりました。報道されなくなった理由は、単純に海賊行為自体がほとんど発生しなくなっているためです。
アデン湾にて共同訓練を実施中の、海自(前)とスペイン軍のP-3。任務の効率性から通常、哨戒機がこのように並び飛ぶことはないという(画像:ソマリア派遣EU海軍)。
海賊発生件数がピークだった2010(平成22)年には、219件の襲撃があり、49隻が乗っ取られ、1181人が人質となる最悪の状況でした。ところが、ここ数年の年間海賊発生件数はひと桁(けた)に抑えられており、毎週のように大きくニュースで取り上げられていたころに比べると、状況は劇的に改善されたといえるでしょう。
この「平和」は、決してタダで手に入れたものではありませんでした。世界各国が利害を超えて手を携え、海軍などを派遣し根気強く洋上の監視を行い、海賊という共通の脅威に対抗した結果、もたらされたものでした。
日本は、ソマリア沖・アデン湾の海賊行為に対処するために海上警備行動(のち、海賊対処法に基づく海賊対処行動)を発令し、海上自衛隊の2機のP-3C「オライオン」哨戒機と、その搭乗員を中核とする「第1次派遣海賊対処行動航空隊」を、2009(平成21)年にジブチへ派遣しました。また、平成26年からは海賊対処を目的とした多国籍部隊「第151連合任務部隊(CTF151)」に参加し、2019年現在もなおこれを継続しており、派遣海賊対処行動航空隊は「第34次」を数えるに至っています(ほか、海上自衛隊の水上部隊や、活動拠点を警護する陸上自衛隊を中心とした支援隊も展開中)。
かつて、P-3Cパイロットとしてジブチへ派遣された経験を持ち、現在は厚木基地(神奈川県)の第4航空群第3航空隊にてP-1哨戒機のパイロットを務める小笠原 拓1等海尉に、「派遣海賊対処行動航空隊」とは具体的にどのような活動を行っているのか聞きました。
海賊発見、でも緊張感は「ちょっと」小笠原1尉は2013年から2014年にかけての約4か月間、「第14次派遣海賊対処行動航空隊」として、ジブチへ派遣されました。
「我々の主要任務は、ソマリア沖・アデン湾にて海上の警戒監視を実施しまして、不審な船などがありましたら、関係各国と情報共有することにありました。約10か国程度で活動していますから、英語が共通語であり、司令部を通じて情報の伝達を行っていました」(小笠原1尉)
小笠原1尉は続けて警戒監視任務中、実際に「海賊らしい船を発見した」時の状況について語ってくれました。それは2014年1月18日のことだったと言います。
「海上自衛隊の護衛艦(『さみだれ』)が、航行中のタンカーへの襲撃に関する情報を得たので、まずその艦載ヘリが先行して現場へ向かいました。この情報は私たちに引き継がれ、足の速いP-3Cで現場に急行したところ、海賊船の疑いがあるダウ船(木造帆船)を発見し、付近にいたフランス海軍艦艇(ソマリア派遣EU海軍に参加していた、フランス海軍フードル級揚陸艦『シロッコ』)へ情報共有を行いました」(小笠原1尉)

小笠原1尉が搭乗したP-3Cからの通報によって制圧された海賊船(左)と、フランス海軍揚陸艦「シロッコ」(画像:ソマリア派遣EU海軍)。
実際に海賊に遭遇して緊張感は無かったのでしょうか。「実の任務に対応しますので、それはちょっと緊張感が出てくるところはあります」と小笠原1尉は答えましたが、筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)は、思ったよりもあっさりした返答だな、という印象を受けました。そしてすぐに、日々積み重ねた訓練があるからこそ、海賊船への遭遇も、普段どおりにこなしたに過ぎなかったのだろうと理解しました。
なお、小笠原1尉が搭乗するP-3Cから情報を引き継いだ「シロッコ」は、このダウを、海賊船の疑いが強いとして急襲部隊を送り制圧。ソマリア海賊5人を拘束することに成功し、タンカー乗っ取りは未遂に終わりました。
ソマリア派遣EU海軍のブレージン提督は、この件に関し「偉大な国際協調の成果だ。我々、海賊対処部隊が任務に全力を尽くしている限り、海賊どもに安全な場所はないだろう」と述べ、海上自衛隊とフランス海軍の連携によって達成された成果に、最大限の賛辞を送っています。
海上自衛隊や多くの国が参加した取り組みの結果、前述の通り、ソマリア沖・アデン湾における海賊発生件数は大幅に減少しました。2015年には海賊発生0件を達成、2016年以降の発生件数は若干の増加傾向にあるものの、件数が年間ふた桁に達したことは、2019年1月現在ありません。

当時、那覇基地第5航空群のP-3Cパイロットとしてジブチへ派遣された小笠原1尉。最近は、眼鏡をかけた操縦士も少なくないという(関 賢太郎撮影)。
海賊件数が下がった現在においても、「実施する任務についてはほとんど変わりありません」と小笠原1尉は述べ、実際に被害を最小限に抑えられている現実をして、「我々が監視することによる抑止力は、非常に効果的だと言えるのではと考えます」と、海賊対処行動航空隊の活動の意義を語りました。
海賊の根源であるソマリアは、中央政府の統治が国中に行き届いておらず、安定した生活によって海賊行為そのものを止めさせるのは、まだまだ難しい状況です。当分は、派遣海賊対処行動航空隊の役割は、世界にとって必要であり続けるでしょう。いまやめてしまえば、ソマリア沖・アデン湾は再び無秩序に戻ってしまうかもしれません。
自衛隊によるジブチ活動拠点への人員派遣は、いまも続いています。2019年1月15日(火)、第34次派遣海賊対処行動航空隊が出国、そして同1月30日(水)、第33次派遣海賊対処行動航空隊が帰国しました。
【地図】ジブチってどこ?

東アフリカのジブチ共和国はエリトリア、エチオピア、ソマリアと接し、紅海とアデン湾に面する。海の対岸はアラビア半島のイエメン(乗りものニュース編集部作成)。