2019年3月に退役した、ボーイング747「ジャンボジェット」をベースとした(旧)政府専用機の「貴賓室」が公開されました。皇族や首相の海外訪問などに用いられ、これまで危機管理上の理由で非公開とされてきた部分です。
2019年5月24日(金)、北海道の航空自衛隊千歳基地において、ボーイング747-400ベースの“旧”政府専用機が、最後となる報道公開を行いました。
2019年3月末で退役した旧政府専用機。ボーイング747「ジャンボジェット」を原型とする(画像:航空自衛隊)。
この「旧政府専用機」は、ボーイング777-300ERベースの新政府専用機が今年(2019年)4月より本格的に運航を開始したため、それにともない退役していたものです。そののち2機の旧政府専用機は一般競争入札にかけられ、結果、2機ともリユース・リサイクル事業を手がける株式会社エコネコル(静岡県富士宮市)に約13億円で売却されることとなりました。そこで、同社に引き渡される前に、今回、これまで公開されることのなかった機内最前部の「貴賓室」も初公開されることとなったのです。
ボーイング747「ジャンボジェット」をベースとした旧政府専用機は、外観からも見てわかるように2階建て構造で、操縦室は2階最前部にあります。そのため、操縦室の後ろにある民間機でいうところの2階客室部分は、クルー控え室となっており、ここは乗務する航空自衛官がおもに使用します。
一方、1階部分は全て搭乗者のための部屋となっており、前方から貴賓室、夫人室、秘書官室、会議室、事務室、随行員室、そして一般客室となっています。

機体の一番前に設けられた「貴賓室」(月刊PANZER編集部撮影)。

貴賓室専用のシャワールーム(月刊PANZER編集部撮影)。

貴賓室奥にあるパウダールーム(月刊PANZER編集部撮影)。
これまで一般客室や随行員室、事務室、会議室などは、航空祭などで一般公開もされてきましたが、その前方にある夫人室と貴賓室(この両者を合わせて「貴賓室等」という)については、防犯上の理由から一切公開されることはありませんでした。それが今回、民間への売却が決まったことで公開となり、内部の様子と合わせて広さや収容人数も公になりました。
「貴賓室」は広さが33平方メートル(約21.3畳)、「夫人室」は広さが13.2平方メートル(約8.5畳)で、収容人数はともに5名です。ただし両方の部屋とも、会議や打ち合わせなどで秘書や事務官などのスタッフが室内に入れるように収容人数を5名としているだけであり、基本的には両室とも使用するのはひとりで、貴賓室は天皇陛下や皇太子殿下、首相などが、夫人室は皇后陛下や皇太子妃殿下、首相夫人などが使用します。
「夫人室」についてのトリビアなお「夫人室」という名称ですが、だからといって女性限定の部屋というわけではなく、首相に随行する官房副長官なども使用してきました。日本では2019年5月現在まで、女性首相は誕生しておらず、また政府専用機が導入されてから女性天皇も誕生していないため、つまり「貴賓室」に女性が搭乗することを想定していなかったがゆえの、「夫人室」の名称だったといえます。そのため、この部屋については将来の政府専用機で名称が変更されるかもしれません。

「貴賓室」機首方向の眺め(月刊PANZER編集部撮影)。

貴賓室ととともに初公開された夫人室(月刊PANZER編集部撮影)。

秘書官室。この先、機首方向(写真左)へ順に、夫人室、貴賓室(月刊PANZER編集部撮影)。
ちなみに、この「夫人室」については面白い逸話があります。
当然、機内ではトップ同士の会談や会食も行われましたが、小泉首相はシュレーダー首相に貴賓室の使用を譲り、自らは安倍晋三官房副長官(当時)用の個室として用いられていた「夫人室」に移ったということです。
前述の通り、政府専用機の個室は貴賓室と夫人室しかありません。そして小泉首相は独身(離婚歴あり)で、夫人(ファーストレディ)はサミットに帯同していないため、夫人室は安倍副長官の個室としてあてがわれていました。だからこそ可能だったルームチェンジといえるでしょう。
VIP以外の搭乗例もあり政府専用機といえば、一般的には皇族や政府要人といったVIP(重要人物)をメインに運び、その関係者でなければ一般人は乗れないイメージがありますが、実は任務に応じていろいろな人たちを運んでいます。

一般客室中程の記者会見席。機内でも記者会見が開ける(月刊PANZER編集部撮影)。

要人乗降機口。機首左側にあるため「L1ドア」と呼ばれる(月刊PANZER編集部撮影)。

旧政府専用機の主脚部分。4脚ありタイヤは計16本(月刊PANZER編集部撮影)。
まずは、首相に同行する報道関係者、これは一般客室に同乗した例があります。次に自衛官、これは運行クルーだけでなく、大規模災害にともなう国際緊急援助活動やイラク復興支援活動に従事するために派遣された際、現地までの空輸や、任務終了にともなう帰国の足として用いられています。
それ以外にも、2004(平成16)年には北朝鮮による拉致被害者家族の帰国便として、さらにはアルジェリア人質事件(2013年)やバングラディシュの首都ダッカでの人質テロ(2016年)による邦人帰国のためにも用いられており、航空自衛隊の輸送機として日本国民の輸送に従事しています。この点は、アメリカの大統領専用機などとは異なる特徴といえるのではないでしょうか。

旧政府専用機(手前)は機体の赤金のラインが一直線なのに対して、新政府専用機(奥)は曲線で太さも変えて描かれている(月刊PANZER編集部撮影)。
ボーイング777ベースの新政府専用機も、2018年に日本へ到着した際に機内が報道公開されていますが、「貴賓室等」については公開されていません。細かい点では旧型と異なるのでしょうが、その点では今回の旧政府専用機の「貴賓室等」の公開は極めて貴重であり、「政府専用機」の性格を知る一助になったといえるかもしれませんね。