陸上自衛隊の61式戦車がヨルダンへ引き渡され、防衛省はメイド・イン・ヨルダンの特殊装甲車「アル・サター」を受領しました。日本とヨルダンの友好の証といいますが、今後の両国関係を占う上で実に注目に値するものでした。

61式戦車がヨルダンの博物館へ

 2019年8月5日(月)、防衛省は陸上自衛隊から退役後保管されていた61式戦車を、中東のヨルダン王国に対して、貸与という形で引渡すと発表しました。

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ヨルダンへ引き渡された陸上自衛隊の61式戦車。写真は同型車両(画像:photolibrary)。

 これは、2018年4月にヨルダンを訪問した河野太郎外務大臣に対して、同国のアブドッラー2世・イブン・アル・フセイン国王から、ヨルダン王立戦車博物館で展示するため日本の古い戦車を供与してほしいとの要請を受けたことから決まったものです。

 アブドッラー国王は、イギリス陸軍のサンドハースト士官学校を卒業後にイギリス陸軍へ入隊し、チャレンジャー1戦車を運用する王国軽騎兵連隊で勤務。1985(昭和60)年に母国へ帰国してヨルダン陸軍に入隊した後も、アメリカ陸軍で戦車戦の戦術を教育する機甲学校へ留学した経験を持つ、生粋の戦車乗りと言っても過言では無い方です。

 ヨルダン王立戦車博物館も、そのようなアブドッラー国王の戦車に対する愛情によって2007(平成19)年に開設された施設で、ヨルダン陸軍で運用された戦車はもちろん、第2次世界大戦中にドイツが開発した「パンター」など、歴史に名を残す戦車も多数展示されています。

 この博物館に61式戦車が展示されるということは意義深いことだと思いますが、それ以上に筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は今回「友好の証」として、ヨルダンから装甲車「アル・サター(Al-Sater)」が寄贈されたことに注目しています。

寄贈品は一線に配備される現役特殊装甲車

 実のところ筆者は、ヨルダンから装甲車が日本に贈られるというニュースを耳にしたとき、ヨルダン陸軍を退役した戦車や装甲兵員輸送車が贈られてくるのではないかと思っていました。しかし「アル・サター」は、ヨルダンで装甲車輌の開発を手がけている「KADDB(アブドッラー2世王立設計開発局)」にて、特殊部隊による人質救出作戦などへの使用を想定して開発された装甲車であると知り、驚いたというのが正直なところです。

ヨルダン装甲車、実は試供品? 61式戦車と「友好の証」 五輪見すえ日ヨ防衛協力進むか

ヨルダンから寄贈された特殊装甲車「アル・サター」(画像:防衛装備庁)。

「アル・サター」はフォークリフトのように、防弾装甲化されたキャビンを上下させる機能を備えており、敵の攻撃を装甲で防ぎつつ、キャビンに設けられた2か所の銃眼から、小銃などによる射撃ができます。

また、建物内に立てこもったテロリストなどに接近を気づかれないよう、走行時に発する音を小さくするため、陸上自衛隊の戦車などに装着されている金属製の履帯(いわゆるキャタピラー)ではなく、ゴム製の履帯を装着しています。

 ゲリラなどによるテロ行為に悩まされ続けてきたヨルダンは、特殊部隊に力を入れており、前述したアブドッラー国王も即位前に、ヨルダン陸軍の特殊部隊司令官を務めています。またヨルダンは特殊部隊用の装備開発にも力を入れており、KADDBは「アル・サター」以外にも特殊部隊用の装輪装甲車などの開発と生産を行っています。加えてヨルダンの首都アンマンでは2年に1度(偶数年)、特殊部隊用の装備品に特化した防衛装備展示会「SOFEX」も開催しており、今回、日本に贈呈されることになった「アル・サター」も、2018年5月に開催された「SOFEX2018」で発表されています。

「最新装備寄贈」の背景に何がある?

 ヨルダンが日本へ最新鋭の「アル・サター」を寄贈したのは、ヨルダンが日本に対して、特殊部隊用防衛装備品の売り込みを図りたいという思惑もあるのではないかと筆者は思います。

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2017年2月にUAEで開催された防衛装備展示会「IDEX2017」に、KADDBが出展した特殊部隊用装甲車(竹内 修撮影)。

 日本とヨルダンは2016年10月に、防衛協力と交流を進めるための覚書に署名しており、2018年11月27日にはアブドッラー国王が安倍晋三首相と共に、陸上自衛隊の習志野演習場地区を訪問し、同隊の特殊作戦群から活動内容の説明を受けると共に、その訓練展示の視察を行っています。

 ヨルダン陸軍の特殊部隊司令官も務めたアブドッラー国王の目に、陸上自衛隊の特殊作戦群がどう映ったのかは定かではありませんが、対テロ戦を行う上で特殊作戦群は「アル・サター」のような装備品を持つことが望ましいという、元ヨルダン陸軍特殊部隊司令官の視点と、「アル・サター」のような商品であれば、特殊作戦群に対するビジネスチャンスがあるのではないかという、一国を切り盛りする者としての視点から、今回の寄贈を決めたのではないかと筆者は推測しています。

 防衛省と外務省は、受領した「アル・サター」をどうするのかを明らかにしていませんが、恐らく特殊作戦群で試験運用されるのではないかと筆者は思います。

 来年、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックの治安対策を大きなビジネスチャンスと捉えて、陸上自衛隊の特殊作戦群や警察特殊部隊の「SAT」(特殊急襲部隊)などに対する、対テロ用装備品の外国からのセールスは活発化しています。

 特殊作戦群やSATは、任務の性質から他国の特殊部隊での使用実績がある装備品を積極的に導入しています。今回、ヨルダンから「アル・サター」が寄贈されたことは、単に日本との友好関係強化の証というだけではなく、自国の得意とする特殊部隊用装備品を日本に売り込みたいという、現実的な側面もあると見るべきだと筆者は思います。

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