航空自衛隊の戦闘機は原則、単独で飛行することはありませんが、これはなぜでしょうか。加えて、現代では密集して編隊飛行することに戦術的意義はないともいいます。

そこには1930年代のドイツに始まる、歴史的背景がありました。

統制のとれた編隊飛行は絵になるけれど…

 航空自衛隊において戦闘機の多くは、2機以上で隊列を組んだ「編隊」で飛行しています。特に飛行場の周辺では、まるで人気のアクロバットチーム「ブルーインパルス」のような美しい密集編隊を組みながら帰還、着陸する姿を見ることができます。こうした自衛隊戦闘機による見事な編隊は、万が一に備え常に警戒した状態であるように思えるかもしれません。

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見事な編隊飛行で観客を魅了する航空自衛隊「ブルーインパルス」アクロチーム。かつて「戦技研究班」と呼ばれたが、実は戦技とは全く関係がない(関 賢太郎撮影)。

 しかし、実際のところ密集編隊には、後述するように戦術的な意義は無いようです。密集編隊を得意とするブルーインパルスにおいても、かつては「戦技研究班」という名称で活動していた時期もありましたが、自衛隊への風当たりが強かった時代においてアクロチームを運用するための「名目」でしかありませんでした。ではなぜ航空自衛隊の戦闘機は、意味が無いにも関わらず編隊飛行をしているのでしょうか。

 現代的な戦闘機編隊の誕生は、1930年代末期にまでさかのぼることができます。当時ドイツ空軍のヴェルナー・メルダースらによって、「ロッテ(分隊)」「シュバルム(群れ)」と呼ばれる編隊戦術が確立されます。ロッテとは2機編隊を意味し、攻撃を担当する編隊長と、編隊長の後方を守る僚機で編成されます。

また「シュバルム」は2個のロッテ、すなわち4機で編成され、2個のロッテが相互に支援します。

百戦錬磨の零戦乗りたちに勝利した「戦術」

 ロッテ・シュバルムの優位性は第2次世界大戦勃発後、敵国を含む世界中へ伝播します。特に太平洋戦争初期のアメリカ海軍において、ロッテ・シュバルムの導入と改良に尽力した人物のひとりであるジョン・サッチは、戦争初期の日本軍優勢だった時期に、たった4機のF4F戦闘機で零戦15機と戦い勝利します。そしてその戦闘について以下のように分析しました。

「我々のF4F戦闘機は日本のゼロに打ち勝つ能力を一切持っていなかった。それでも我々が勝利できたのはチームワークの優勢にあった」

 サッチはこの日戦った零戦パイロットらの、連携の悪さとミスの多さを指摘しています。実はその零戦隊は、日本海軍の精鋭中の精鋭、空母「赤城」を旗艦とする第一航空艦隊のパイロットたちでした。

 零戦は搭載無線機が事実上、機能しなかったため、連携が困難であるという弱点を抱えていました。その結果、圧倒的物量と名人が操縦する高性能な戦闘機を持ち、質量ともに優れていたはずの日本海軍が、少数かつ未熟なパイロットしかいなかったけれどもチームワークで優秀だったアメリカ海軍に負けてしまったのです(少なくともサッチはそう考えていました)。

 その後は日本軍もロッテとシュバルムを導入し、名称もドイツ空軍にならいロッテとシュバルムと、そのまま呼んでいました。2019年現在の航空自衛隊ではアメリカ空軍にならい、2機編隊を「エレメント」と呼び、2個のエレメントを「フライト」と呼んでいます。エレメントとフライトは名称こそ違いますがロッテとシュバルムそのものであり、1930年代の思想が21世紀の現在もなお継承され生き続けています。

編隊飛行は「平和の証」

 こうした歴史的経緯から、戦闘機は原則的に単独行動せず、エレメント(ロッテ)が最小単位となっています。たとえばスクランブル発進する際は、絶対にエレメントで発進します。もしエレメントのうち1機でも故障や事故などが発生した場合は任務そのものがキャンセルされ、ほかのエレメントが代わりに発進します。

戦闘機はなぜ編隊で飛ぶの? 単独行動は原則ナシ、その歴史的経緯と現代における意義

典型的なフライト(シュバルム)編隊。右からフライトリーダーの1番機とその僚機の2番機、エレメントリーダーの3番機とその僚機の4番機(関 賢太郎撮影)。

 第2次世界大戦のころのロッテにおける僚機の役割は、極端に言えば攻撃を担う編隊長の「盾」となることです。それでも編隊間隔は50mから数百mは離れていました。現代戦闘機はレーダーや射程が遥かに広い空対空ミサイルを装備します。その結果、様々な状況において射撃のチャンスが得られるため、僚機にも攻撃に参加することが求められます。また無線機も単なる音声通信だけではなく、敵味方の状況や戦術情報など多様なデータが共有可能となったことで、編隊間隔は数kmから数十km離れた、肉眼では確認できないような状態で連携することも可能となりました。

 したがって現在、戦闘機における密集した編隊は、「戦闘態勢にはない」ことを意味していると言えます。飛行場上空で見られるような密集編隊は、徒歩の隊員が規律を正し「行進」するようなものだと考えて良いでしょう。

 ちなみに筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)が知り合いの戦闘機パイロットに密集編隊の意義を聞いたところ、「僚機をしごくためだよ」と冗談半分に返答を得ましたが、半分は事実だったのかもしれません。

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