海上自衛隊には全国5か所の主要基地に必ず配備している「多用途支援艦」という小型艦があります。この艦は、戦闘用ではありませんが、ほかの艦にはない能力を生かして、縁の下の力持ち的な存在で活動しています。

小兵ながら、能力はマルチ

 海上自衛隊は、日本の周辺海域を5つのエリアにわけて、それぞれに「地方隊」という地域別警備部隊を配置しています。地方隊は、各々基地のサイズや役割が違うため、配備艦艇が異なりますが、5つの地方隊すべてに配備されているもののひとつに「多用途支援艦」があります。これは、21世紀に入ってから生まれた比較的新しい艦種で、2002(平成14)年3月に就役した「ひうち」をネームシップに、計5隻建造されました。

海自ひうち型多用途支援艦 どう「多用途」なのか? 護衛艦や潜...の画像はこちら >>

横須賀基地に配備された、ひうち型多用途支援艦5番艦「えんしゅう」。体験航海で来場者を艦上に載せている(2019年10月、柘植優介撮影)。

 このひうち型、自衛艦のなかでも小型の部類に入ります。ひうち型は基準排水量980トン、全長65m、乗員は約40名であり、最大の自衛艦である、いずも型護衛艦の基準排水量1万9500トン、全長248m、乗員約500名と比べると、基準排水量で約20倍もの差があります。

 しかし、この小さなひうち型は、いずも型を引っ張ることもできるよう設計されています。すなわち、それは、ひうち型の用途のひとつである、「航行不能になった艦艇のえい(曳)航」です。押すことはできませんが、タグボートのような能力を有しているといえるでしょう。

 この自衛艦のえい航以外にも、ひうち型多用途支援艦は文字どおり、さまざまな用途に使用されています。

メイン装備は艦体中央の大型クレーン

 そのひとつは、おもに射撃を中心とした訓練の支援です。

海上自衛隊には無人標的機(ドローン)を操って、艦対空ミサイルなどの実射訓練を支援する「訓練支援艦」があり、こちらがおもに対空射撃の訓練支援用なのに対して、ひうち型は水上における射撃の訓練支援を行います。

 遠隔操縦で動く標的用の無人高速ボートを目標に、護衛艦が艦砲や機関砲を射撃します。水上標的を用いた訓練は、不審船対応訓練などで重要視されており、あえて当てない撃ち方、いわゆる威嚇射撃などをこれでマスターするそうです。

 また、ひうち型の後期建造型である「げんかい」と「えんしゅう」の2隻は、それぞれ潜水艦基地がある呉と横須賀に配備されていますが、潜水艦の訓練支援を行うために水中通話装置も装備しています。

海自ひうち型多用途支援艦 どう「多用途」なのか? 護衛艦や潜水艦の活動支える名脇役

呉基地に配備された「げんかい」。一段低い後部甲板に並べて載っているのが、遠隔操縦式の水上標的用高速ボート(画像:海上自衛隊)。

 ひうち型はさらに、人員および物資の輸送にも用いられます。後部デッキはフラットな形状で、ここに各種コンテナやトラックを載せることができます。そのため、この部分は一段低く、人の乗り降りや物資の揚げ降ろしがしやすくなっています。

 この物資やトラックの積み下ろし、そして前述した水上標的用の無人ボートの揚降用に、大型クレーンを艦体中央に装備しています。これが、ひうち型多用途支援艦の最大の「武器」ともいえるでしょう。このクレーンを使えば、港に接岸する際に、艦体と岸壁の間のクッションとして用いる防舷物や、人が乗り降りするためのタラップ(梯子)も自力で設置できます。

 さらに前述した、後期建造型である「げんかい」と「えんしゅう」の2隻は、波の荒い外洋航行に対応できるよう、横揺れを抑えるための減揺タンクを備えています。

海上自衛隊艦船のバイプレーヤー

 ひうち型多用途支援艦は、このような大型艦よりも小回りが利いて、さまざまなことを単独で行える能力を生かして、離島への物資輸送や防災訓練などに、ほかの艦よりも参加することが多いです。

海自ひうち型多用途支援艦 どう「多用途」なのか? 護衛艦や潜水艦の活動支える名脇役

2011年6月、東日本大震災の被災地に支援物資を運んできた「えんしゅう」。クレーンを用いて自力で積み荷を降ろしている(画像:海上自衛隊)。

 2011(平成23)年3月の東日本大震災における福島第一原発事故では、原子炉冷却用の真水が満載された艀(はしけ)を現地まで運びました。当時の報道によれば、積まれていた水は1100tだそうです。これは、大型艦もえい(曳)航可能で、さらに自力で離岸と接岸ができる能力をあわせ持っていたからこそ、こなせた任務です。

 ひうち型多用途支援艦は、タグボートと訓練支援艦、輸送艦の機能を1隻に集約したようなものです。後方支援がおもな任務であることから、普段あまり注目を浴びることのない艦艇ですが、海上自衛隊の活動をさまざまな場面で支える、縁の下の力持ち的存在といえるでしょう。

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