離島地域にて急患輸送の機会もある自衛隊、ヘリコプターが洋上を飛んでいる際にいざ海へ緊急着水するとなった場合、どのような手順を踏んでいるのでしょうか。機長はやはり、ほかの乗員に輪をかけて冷静さを求められます。
青い空、青い海を見ながら優雅に飛行する自衛隊のヘリコプター。ところが、突如として操縦席にある警告灯が点灯し、機内に警報音が鳴り響きました。どうやら、このヘリコプターはもう長く飛行することはできない雰囲気のようです。緊急着水は必至、具体的にどのような対処がなされるのでしょうか。
洋上を飛行することもあるヘリコプターは緊急着水の可能性も常に視野にいておく必要がある。離島間飛行の場合、周囲に陸地が無い場合も(柘植優介撮影)。
たとえばエンジン出力が低下してしまったヘリコプターが陸地上空を飛行していれば、各地に設けられている緊急着陸場所へ着陸することを企図します。もちろん、民家などへの被害を小さくするためでもあります。
冒頭のヘリコプターからは、遠くに陸地は見えるものの、エンジンの出力が上がらずギリギリの状態で飛行しています。このままでは陸地まで飛行することは不可能でしょう。
しかし心配する必要はありません。もしもの場合に備えて、機内には「救命浮舟(きゅうめいふしゅう)」という救命ボートと救命胴衣が搭載されています。
エンジンの出力低下にともない、徐々に高度を下げるヘリコプターですが、機長が眼下の海へ飛び込み可能であると判断する高度まで降下したら、同乗している乗員は意を決します。そうです。飛行しているヘリコプターから飛び降りるのです。とはいうものの、ある程度の速度が出ているヘリコプターから身を乗り出すのは、なかなか勇気のいるものです。
ヘリコプターから飛び降りるには、まずヘリコプターの側面にあるドアを両方開放し、救命浮舟を海に向かって投げ落とします。救命浮舟にも種類がありますが、たとえば機内に縛着しているワイヤーが引っ張られる、あるいは救命浮舟に取り付けてあるボンベが海水に浸かることによって噴射するなどし、これが一気に膨らみます。
それを見届けると、次は同乗者の出番です。高度10mから5m程度で飛行するヘリコプターから、海面に向かってジャンプするのです。
機長には機の最期までやる「仕事」が乗員がヘリからジャンプするタイミングは、機長が教えてくれます。そうしないと、予期せぬ高度から飛び降りることになるかもしれないからです。高さを比較する対象がない海上では、人間の目は高さを見誤る可能性が大きいです。
高度計と速度計を見ている機長の指示によって、機内から飛び降り無事に着水したら、落ち着いて救命胴衣についているレバーや紐を引きます。すると、装着されているボンベから救命胴衣内に空気やガスが送られ、海面に漂うことになるでしょう。そうなったら、先に落とした救命浮舟に向かって泳ぎ出します。
救命浮舟の中には簡易的な食事と水、そして緊急無線が備わっているため、それらを有効活用しながら救助が来るまで落ち着いて待ちます。

緊急時に使用する救命浮舟の一例。写真のタイプ以外にも様々なタイプがある(柘植優介撮影)。
ここで問題となるのが機長です。
機長は同乗者と副操縦士が飛び降りるまで、操縦桿を握り続けなければなりません。そして最後のひとりとなったら、少ないヘリコプターのパワーを使って安全に着水させます。
この時、機長は無事に着水させたからといって、すぐに機外に出ることはできません。なぜなら、自分の頭上には大きなメインローターが高速回転しているため、この段階で機外に出るのは大変危険なことなのです。
海水との接触によって回転力を失ったメインローターは動きを止めます。これでひと安心と息をつきたいところですが、乗員の脱出時に機体のドアは開放されたままとなっています。つまり気密性が無いため、すぐに機体は海底へと引きずりこまれていくでしょう。文字通り、一刻の猶予もありません。
機長は沈みゆく機体からどう生還するの?とはいえ、ここでも機長には落ち着いて行動することが求められます。まずシートベルトを外し、メインローターが確実に停止しているかを確認します。可能であれば、エンジンやバッテリーの電源もオフにします。そして機内から脱出するのですが、この時、機体の傾きをよく確認しておかなければなりません。なぜならば、機体の傾く方向によって、自らが脱出する方向が決まるからです。
機体がどの傾きで沈んでいくかは、その時にならないと分かりません。横に倒したため、そのまま横を向いて沈むのか、それとも途中で機首が下に向くのか……ヘリコプターの場合、重いエンジンが上部についていることも多いため、天地が逆転することもあるでしょう。
沈んでいく機内から脱出したら、着用している救命胴衣を膨らまし海面まで浮上します。海面から顔を出すと、遠くに救命浮舟の姿が見えるでしょう。なんとかそこまで自力で泳いで、先に助かった副操縦士と同乗者とともに救助を待ちます。ちなみに、こうした状況に備えて、陸上自衛隊の航空科部隊では衣服を着用したままでも泳げるように、定期的に水泳検定も実施されています。
こうした緊急着水は、いつでも訓練できるわけではありません。なぜならば生命に危険をともなうほか、国有財産でもある航空機を無駄に海中投棄することはできないからです。では操縦士たちはどこでどうやって訓練しているのでしょうか。

緊急着水に備えて訓練する専用設備は海上自衛隊鹿屋基地にあるため、陸海空のパイロットはここで訓練を重ねる(画像:海上自衛隊)。
それは海上自衛隊鹿屋基地に答えがありました。
この鹿屋基地には専用の緊急着水訓練装置があります。ここでは巨大なプールに航空機の操縦席付近を模した原寸大のモデルが備えられており、着水後に安全に機内から脱出できる方法を訓練することができるようになっています。
陸海空の操縦士たちにはこうした様々な訓練を重ね、万が一の事故の際にも冷静に対処できるようにしているというわけです。