冷戦末期の1980年代、ある模型メーカーが発売した飛行機のプラモデルが全世界の注目を集めました。存在しない戦闘機を立体化したものにもかかわらず、いかにも存在するかのように扱われた理由について見てみます。

秘密のヴェールに包まれた戦闘機 初の立体化

 1980年代中盤、イタリアのプラモデルメーカー、イタレリが発売したひとつのプラモデルが、世界中を騒然とさせました。その商品名は「F-19 STEALTH」、箱絵には全身真っ黒な異形の戦闘機が描かれており、主翼にはなんとアメリカ軍の国籍マークが描かれていたのです。

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イタレリののち、日本のアリイ(当時)が発売した48分の1スケールの「F-19」。2020年3月現在、この商品はメーカーとして製造販売していない(柘植優介撮影)。

 これに世界中の軍関係者や航空機メーカー、技術者、学者、そしておもちゃメーカーが反応し、騒ぎとなります。イタレリは、さまざまな情報を総合した結果の形状としていましたが、完全にF-19は存在しない飛行機でした。しかし、アメリカ空軍がF-19の存在に対してあいまいな回答しかしなかったことで、F-19の狂騒は世界的なものとなっていきます。

 またF-19という「商品名」も、騒ぎを大きくする一助となっていました。

 当時アメリカ軍には、F-14「トムキャット」、F-15「イーグル」、F-16「ファイティングファルコン」、試験機YF-17、その実用化型であるF/A-18「ホーネット」、そしてF-20「タイガーシャーク」といった戦闘機がありました。これらの名前の数字部分は基本的に連番という命名規則になっており、キリスト教文化圏の忌み数である13はさておくとしても、「19」が抜けていることは憶測を呼びます。軍事専門誌などでは、まだ一般公開されていない戦闘機があり、それにF-19という「ナンバー」が振られているからだと、もっともらしい推測が立てられていました。

 イタレリのプラモデルもその噂に乗ったものだったのですが、これによりF-19はまるで実在しているかのように世界中で知られることになります。

各国のおもちゃメーカーが模型化に追随しただけでなく、作家トム・クランシーの小説にも登場し、漫画にもなり、果ては軍事資料として最も権威ある年鑑「ジェーン年鑑」にも取りあげられるまでになったのです。

 しかし当時、アメリカ空軍が密かに開発していたのは、まったく別の機体であるF-117「ナイトホーク」でした。

実在しない最新鋭戦闘機が形になったワケ

 ステルス機の概念自体は古くからあり、1980年代半ばには、アメリカ軍がステルス機を保有していることは、もはや公然の秘密でした。軍事専門誌などでは想像イラストがいくつも載るようになっており、実機の公開を待ち望んでいるような状況だったのです。

これぞ本物のステルスか?実在しないのに世界を震撼させたステルス戦闘機「F-19」騒動

アメリカ空軍が導入した世界初の実用ステルス戦闘機であるF-117「ナイトホーク」(画像:アメリカ空軍)。

 こうしたなか発売されたイタレリのF-19が、世界中から注目を集めることになったのは必然だったといえるでしょう。しかしその形状は、F-117とはまったく異なっていました。

 イタレリのF-19は曲面が多用された外観形状で、デルタ翼に近い大きな主翼と内側に傾斜した垂直尾翼、そしてコクピットの左右に小さな補助翼という構成でしたが、F-117は直線主体の外観で、主翼は通常の後退翼で尾翼はV字型、補助翼はありません。

 1988(昭和63)年11月にアメリカ空軍が公式にF-117の存在を公開し、F-19とはまったく違う外観形状が知れ渡ると、前年までのF-19の狂騒は急速に消沈していきました。

 ちなみに、このような騒動が起こるほどアメリカ空軍が開発からひた隠しにしていたF-117は、1982(昭和57)年から部隊配備を開始しており、1989(平成元)年のパナマ侵攻で実戦に初めて投入されると、1991(平成3)年の湾岸戦争で脚光を浴び、1999(平成11)年にはコソボ紛争で唯一の被撃墜を経験したのち、2008(平成20)年に退役しています。

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