アメリカ軍の先鋒として活動するアメリカ海兵隊から、戦車部隊がなくなります。今後の彼らの「戦い方」がガラリと変わることは明らかです。
アメリカ海兵隊から戦車部隊がなくなる模様です。
2020年3月23日(月)、アメリカ海兵隊のデービッド・バーガー総司令官が、10年以内に戦車大隊を廃止し、歩兵部隊と砲兵部隊を削減することなどを盛り込んだ、新戦略に基づく大規模再編案の概要を発表しました。2019年の夏以降進めてきた、人員・部隊・装備における再構築計画の策定作業を受けてのものです。
エア・クッション型揚陸艇(いわゆるホバークラフト)LCACから降車するアメリカ海兵隊のM1A1「エイブラムス」戦車(画像:アメリカ海兵隊)。
正式な大規模再編案はまだ発表されていませんが、バーガー総司令官は、人員を現在の18万9000名から1万2000名削減し、先に述べたM1A1「エイブラムス」戦車を運用している戦車大隊の廃止のほか、歩兵大隊を24個から21個へ、砲兵隊を21個から5個へ、AAV7水陸両用車を運用する水陸両用車大隊を6個から4個へと、それぞれ削減すると述べています。
また航空機に関しても、岩国海兵航空基地などに配備されているF-35B戦闘機と、アメリカ海軍の空母航空団への派遣が予定されているF-35C戦闘機の1個飛行隊の定数を16機から10機に削減するほか、MV-22「オスプレイ」とCH-53E「スーパースタリオン」重輸送ヘリコプターを運用する飛行隊を各1個、AH-1Z「ヴァイパー」を運用する飛行隊を2個削減する方針が明らかにされています。
この再編にともない、420機の調達が計画されてたF-35BとF-35Cの調達数は290機程度に、CH-53Eの後継機として200機の調達が計画されていたCH-53K「キングスタリオン」大型輸送ヘリコプターの調達数は約70機程度にまで、それぞれ減少すると見られています。
日本は2018年12月にF-35Bを42機、導入することを決定していますが、アメリカ海兵隊のF-35Bの調達数が削減された場合、若干、調達価格が上昇することも予想されます。
お金がないわけじゃないアメリカ海兵隊…削減してなにをしたいのか?今回のアメリカ海兵隊の大胆な再編計画は、アメリカの軍事的優位性が相対的に低下しているという現状を踏まえて、2018年に策定された国防戦略で大きな脅威と位置づけられた中国とロシア、とりわけ中国と西太平洋で対抗していくために最適な戦力構成とすることを目的としたものです。戦車の全廃や部隊の削減などで浮いた費用を投じて、長射程精密誘導兵器と無人システムの導入の加速、高度な偵察能力の獲得などを進めていく方針が示されています。
具体的に、再編後の海兵隊がどのように西太平洋で中国と対抗していくかは、現在、沖縄に配備されている第3海兵遠征軍の再編計画によって、ある程度明らかになっています。

アメリカ海兵隊が導入する「NSM」対艦ミサイル(竹内 修撮影)。
第3海兵遠征軍の基幹となる第3海兵師団は、ほかの海兵師団に比べて歩兵連隊が1個少なく、また戦車大隊も配属されていません。今後は人数をさらに削減して機動性を高め、対艦巡航ミサイルである「NSM(Naval Strike Missile)」や地上発射型「トマホーク」巡航ミサイルなどを装備する、3個の「海兵沿岸連隊」を基幹とする部隊へと生まれ変わります。
海兵沿岸連隊は有事の際、西太平洋上の島しょ部へ迅速に展開し、装備する対艦ミサイルや地対空ミサイルなどによって、中国軍の艦艇や航空機の西太平洋への進出を阻止することを目的としており、島しょなどが占領された際に奪還するための逆上陸作戦を想定していたこれまでの海兵隊の部隊とは、かなり性質の異なる部隊となることが予想されています。
海兵隊再編の影響はもちろん自衛隊にもアメリカ海兵隊が戦車大隊を廃止して、対艦ミサイルや無人兵器システムの整備に力を入れる方針を示したことで、ネット上などでは陸上自衛隊や航空自衛隊もそれに習うべきなのではないかとの声も見受けられますが、筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は必ずしもその声には同意できません。

アメリカ海兵隊と陸上自衛隊の共同軍事訓練「アイアン・フィスト20」に参加した、水陸機動団の水陸両用車AAV7(写真:アメリカ海兵隊)。
日本の防衛は自衛隊と日米同盟が車輪の両輪となっており、もし日本が本格的な侵攻を受けた場合は、アメリカ軍の支援が不可欠となります。アメリカに限らず陸軍は有事が発生してから展開するまでに時間がかかる組織のため、アメリカ軍は歩兵に加えて戦車をはじめとする装甲車両、航空機などを装備した、機動力の高い「ミニアメリカ軍」とでもいうべき海兵隊を最初に展開させて持ちこたえているあいだに、より大規模で長期間の戦闘が可能な陸軍を展開させるという戦略を採用してきました。
日本が大規模侵攻を受けた場合も、海兵隊が最初に投入されることになる可能性は高いのですが、海兵隊が対艦ミサイルなどの長距離打撃戦力に力を入れた組織になるのであれば、むしろ陸上自衛隊は万が一海兵沿岸連隊による阻止ができなかった場合に備えて、戦車戦力を維持・充実させる必要性は高まったともいえます。
ただ陸上自衛隊は、イージス・アショアの運用やサイバー戦への対応といった新たな任務も与えられており、さらに少子高齢化による若年人口の不足もあって、もはや戦車の保有数を増やせる状況にないこともまた事実です。
そのなかで戦車戦力を維持し、さらに充実させていくためには、有事の際に迅速に戦車を展開させるための体制構築や、情報共有能力のさらなる強化を進めていくことが必要なのではないかと筆者は思います。