空母艦載機の特徴のひとつとして、主翼に折りたたみ構造を取り入れる点が挙げられ、それゆえに主翼をたたんだ状態で離陸したことも何度かありました。その回数が最も多かったのがF-8「クルセイダー」戦闘機です。
空母では飛行甲板や格納庫の広さが限られるため、艦載機の多くは翼や胴体の一部を折り畳めるようになっています。
しかし、この構造ゆえに翼を折りたたんだ状態で飛び立ってしまうこともあるようで、そのようなミスは第2次世界大戦後に限定すると、アメリカ海軍と海兵隊合わせて十数回ありました。そのうち7回もやってしまったのが、アメリカ海軍および海兵隊のF-8「クルセイダー」戦闘機です。
アメリカ海軍のF-8「クルセイダー」戦闘機。左右の主翼の端の部分を折り畳んでいる(画像:アメリカ海軍)。
F-8「クルセイダー」はアメリカのチャンス・ヴォート(現ヴォート・エアクラフト・インダストリーズ)が開発した史上初の超音速艦上戦闘機で、1955(昭和30)年3月25日に初飛行しました。
特徴は、最大速度マッハ1.7で飛行可能な高速性と、狭い空母の飛行甲板で発着艦するための高い操縦安定性を両立するために採用された上下動する主翼、通称「ツーポジションウイング」と呼ばれる可変仰角装置です。
このように特殊な構造でありながら開発は順調に進み、初飛行からわずか2年後の1957(昭和32)年3月25日に早くも最初の実戦飛行隊(VFA-32)が編成されました。
しかし、それから3年後の1960(昭和35)年8月2日、イタリアのナポリ空港から離陸したアメリカ海軍第11戦闘飛行隊(VFA-11)のF-8「クルセイダー」が、同機として初めて翼を折りたたんだまま離陸してしまいました。ただし、パイロットは落ち着いて、海上で余分な燃料を投棄し機体を軽くして、無事ナポリ空港に戻り着陸しています。
その後も、アメリカ本土や、ベトナム戦争中の南ベトナム(当時)などでも翼を折りたたんだまま離陸することがありましたが、7回ともすべて、一度もパイロットは死亡していません。
翼をたたんだままの離陸は訓練の想定が原因かなぜ、ここまで翼をたたんだまま飛び立つことが多かったのでしょう。
訓練では実戦を想定して、陸上基地でも空母の甲板上と同様、エンジンを回したままで燃料補給などをしていました。この際、海軍や海兵隊では給油の際、翼はたたんだまま実施し、翼の展開は滑走路の端まで移動したのち、と規定されていたのです。

ベトナム戦争中の1967年、空母「ボノム・リシャール」の甲板上に並んだF-8「クルセイダー」戦闘機(画像:アメリカ海軍)。
昼間であれば地上の支援要員や、管制塔の管制官などが目視で気づくこともありますが、夜間訓練などでは誰も気づかないまま、離陸してしまうことがあったようです。
それでもF-8「クルセイダー」が7回とも大事故に至らなかったのは、その機体構造が大きく関係していたと見られます。同機は左右の主翼の内側、すなわち折りたたみ部分ではない固定翼の部分に、飛行を制御するエルロン(動翼)があり、たとえたたんだ状態で離陸してもある程度、機体を制御することが可能だったようです。
ちなみに、翼を広げ忘れて離陸した事例はA-1「スカイレーダー」攻撃機にもありました。しかし同機は主翼の折りたたむ部分と固定された部分の両方に、エルロンがあったことが致命的でした。そのため、A-1「スカイレーダー」の場合は機体操作ができず、パイロットは脱出し、機体はそのまま墜落しています。