可変翼機といえば、映画にも描かれたF-14「トムキャット」戦闘機が広く知られますが、アメリカ海軍が開発した可変翼機としては、実は唯一の成功例です。陰にはもちろん試行錯誤があり、XF10F「ジャガー」もそのひとつでしょう。

可変後退翼が生まれた理由

 退役してからも、いまだ根強い人気を持つ飛行機のひとつに、アメリカ海軍の可変後退翼艦上戦闘機F-14「トムキャット」があります。F-14は、アメリカのグラマン(当時)が開発したジェット戦闘機ですが、この機体が生まれる前に同社は、史上初の可変翼艦上戦闘機「ジャガー」を開発していました。

 しかし「ジャガー」は試作で終わったため、F-14に比べほとんど知られていません。ただ試作機とはいえ、そこにはアメリカ海軍の過大な期待に何とか応えようとしたグラマンの試行錯誤がありました。

F-14「トムキャット」の礎のひとつ 初の実用可変翼戦闘機「...の画像はこちら >>

世界初の可変翼艦上機として開発されたグラマンのXF10F「ジャガー」戦闘機(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。

 そもそも「可変翼」とは、飛行機が飛ぶスピードに応じて動く構造を持つ主翼のことです。

 ジェットエンジンの誕生によって、飛行機はより早いスピードで飛べるようになりましたが、それにともない主翼自体が速度を上げる際の空気抵抗の源になりました。そこで空気抵抗が少なくなるよう、主翼の前縁を後方へ流すように角度をつけた、いわゆる「後退翼」が誕生します。

 しかし、後退翼は高速飛行こそ適しているものの、直線翼に比べて離着陸時や低速時の安定性が劣ります。そこで、高速性と安定性を両立させるため、状況に応じて主翼の角度を変えられる可変翼が開発されました。

 可変翼のコンセプト自体は第2次世界大戦中からありましたが、当時は地上でのみ角度を変えられるもので、飛行中でも角度を変えられるようにしたのは、大戦後の1951(昭和26)年にアメリカ空軍が開発した実験機、X-5が最初です。

 なお「可変翼機」には斜め翼という実験機もあり、また理論上可変前進翼機もありますが、いずれも実用化されておらず、以下すべて「可変後退翼機」のみを扱っています。

既存機の優秀性に振り回された計画案

 アメリカ海軍向けのXF10F「ジャガー」は1948(昭和23)年初頭の立案当初、可変翼を用いるコンセプトはなく、グラマン自身が開発中であった新型戦闘機、のちのF9F「パンサー」戦闘機を基に後退翼を導入し、性能向上を図った将来戦闘機として計画されました。

F-14「トムキャット」の礎のひとつ 初の実用可変翼戦闘機「ジャガー」を知っているか

主翼を広げた状態のXF10F「ジャガー」戦闘機。機体側面に愛称にちなんでジャガーのイラストが描かれている(画像:アメリカ海軍)。

 しかし、F9Fの後期生産型、のちのF9F「クーガー」で後退翼が導入されることになったため、将来戦闘機のコンセプトは練り直しとなります。一方、アメリカ海軍もF9F「クーガー」をしのぐ性能を持つ艦上戦闘機として、さまざまな高性能を将来戦闘機に要求するようになりました。

 F9F「クーガー」が、初期型である「パンサー」から飛躍的に性能向上を果たしたことで、アメリカ海軍が新設計の将来戦闘機、後の「ジャガー」にさらなる優秀性を求めたのは順当なことでしたが、それがかえってグラマンを苦しめます。

 結局、グラマンは将来戦闘機の設計を初めからやり直し、胴体形状を一新するとともに可変後退翼を用いることにしました。

 こうしてグラマンは、1948(昭和23)年1月に史上初となる可変後退翼戦闘機のプランをアメリカ海軍に提示、同年4月に「XF10F」の名称で試作機2機の開発が始まります。

 試作機を開発中の1950(昭和25)年6月に朝鮮戦争が勃発したことで、アメリカ海軍は初飛行する前のXF10Fに対して早々と12機を発注、翌年2月には70機を追加発注しており、海軍としても期待していたようです。

搭載エンジンの出力不足にも泣かされる

 完成したXF10F「ジャガー」は1952(昭和27)年5月19日に初飛行しました。しかし初飛行から故障が多発し、安定性もよくありませんでした。また、可変翼を導入したことによる構造の複雑さによって整備性が悪く、さらに重量過多による低性能が問題視されました。

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テスト飛行中のXF10F「ジャガー」戦闘機。初飛行からトラブル続きで、総飛行時間は67分間にすぎなかった(画像:サンディエゴ航空宇宙博物館)。

 加えて、搭載するウエスチングハウス(当時)の新型ジェットエンジンJ40が、計画通りの出力を発揮しなかったことも追い打ちをかけました。

 結局、アメリカ海軍は小手先の改修では大幅な性能向上は見込めないと判断し、1953(昭和28)年4月に開発の中止を決定、その後の追加発注も含めて計112機の導入をすべてキャンセルしました。

 ちなみに、XF10F「ジャガー」の次にグラマンが開発した艦上戦闘機 F11F「タイガー」は、可変構造のない固定式の後退翼戦闘機として開発され、アメリカ海軍に採用されています。

 XF10F「ジャガー」は、想定以上によくできたF9F「クーガー」を見て過度な期待を抱いたアメリカ海軍の要求に押しつぶされた、といえなくもありません。しかし、同機で挑戦した可変後退翼のノウハウが、のちのF-14「トムキャット」戦闘機で開花したのですから、決して無駄にはならなかったといえるでしょう。

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