「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということわざがあります。実態とは似ても似つかないものでも、実際に存在するかのように伝わってしまうことは多々あります。
戦争中は敵を混乱させる目的であえて偽情報を流布するようなこともありますが、そのような意図とは異なり、戦前から太平洋戦争期にかけアメリカ軍が作り上げてしまった架空の日本軍艦があります。それらのなかでも大型の戦艦、空母、巡洋艦の3艦について挙げてみました。
アメリカが「ヒラヌマ」とともにフィリピン周辺にいたとした戦艦「榛名」。実際は遠く離れたマレー半島沖を航行中であった(画像:アメリカ海軍)。
「ヒラヌマ」は、太平洋戦争勃発当初の1941(昭和16)年12月11日に、フィリピン沖にて撃沈した艦として記された日本戦艦です。
しかし、当時フィリピン周辺海域には「ヒラヌマ」なる名称の船はおろか、日本戦艦もいませんでした。フィリピン北部のルソン島沖合に、排水量1万3000トンクラスの「足柄」と「摩耶」の2隻の重巡洋艦がいましたが、戦艦ではありません。
いったい「ヒラヌマ」なる艦は何なのか。そこには緒戦でフィリピンが日本軍の猛攻を受けたことと関係していました。太平洋戦争の開戦を告げた1941(昭和16)年12月8日の真珠湾攻撃に連動し、日本軍は12月10日、フィリピンを攻撃します。
このときフィリピンに駐留していたアメリカ陸軍航空隊は、進攻してきた日本海軍の艦隊を攻撃します。
最初に「ヒラヌマ」なる艦を報じたのは、12月12日付の新聞「The Mercury」でした。12月10日の戦闘を伝える内容のなかで、日本海軍の2万9000トン級戦艦として「ヒラヌマ」の名が出ると、それを基にしたのか、大戦後半から終戦直後における複数の新聞紙面において、1941年12月11日に「ヒラヌマ」を大破ないし撃沈したなどと記されたのです。
こうして架空の戦艦「ヒラヌマ」ができ上がりました。
珊瑚海海戦でアメリカ軍が沈めたらしい空母「リュウカク」1942(昭和17)年5月7日、南太平洋のパプアニューギニア沖で起きた珊瑚海海戦において、アメリカ軍の攻撃によって沈んだ日本空母として一時記録されたのが「リュウカク」です。

翔鶴型空母1番艦の「翔鶴」。「リュウカク」はこの艦型の3番艦と考えられていた(画像:アメリカ海軍)。
確かに、珊瑚海海戦で日本空母「祥鳳(しょうほう)」が撃沈されており、この「祥鳳」が「リュウカク」として誤認されたようです。その発端は珊瑚海海戦直前の1942(昭和17)年4月、アメリカ軍が日本海軍の暗号文を解読するなかで、未知の日本空母がいることを発見したことでした。
これが実は「祥鳳」だったのですが、太平洋戦争前の1941(昭和16)年8月と9月に、翔鶴型空母の「翔鶴(しょうかく)」と「瑞鶴(ずいかく)」が就役したため、アメリカは未知の新空母も翔鶴型の1艦であると判断します。そこから「リュウカク」と名付けたようです。
「祥鳳」は、確かに開戦直後の1942(昭和17)年1月に就役した日本の新空母でしたが、新造ではなく、既存の潜水母艦(潜水艦への補給などを行う艦艇)「剣崎(つるぎざき)」を改装した小型空母でした。
しかも珊瑚海海戦で、日本海軍は翔鶴型空母2隻とともに「祥鳳」も用いました。アメリカ側は、これを翔鶴型空母3隻の一括運用に捉えたのでしょう。そのようななか、「リュウカク」すなわち「祥鳳」はアメリカ軍の攻撃により沈没します。
「祥鳳」の沈没は日本空母として初であり、なおかつ戦艦や重巡洋艦を含めた日本海軍主力艦艇としても初の喪失艦でした。そのため、アメリカ海軍にとっては正規空母「リュウカク」を撃沈したとして、戦意高揚のために大きく宣伝しました。
ただし、のちにアメリカ側は沈めた日本空母「リュウカク」は「祥鳳」だったと把握し、修正しています。そして修正に際しては、「祥鳳」を「リュウカク」として誤認していたと認めています。
旧日本海軍最大の重巡洋艦らしい「チチブ」前述の「ヒラヌマ」と「リュウカク」の2艦よりも古く、1930年代後半にアメリカ軍が作り上げた日本海軍の架空艦が「チチブ」です。

旧海軍が太平洋戦争開戦前に建造した利根型重巡洋艦の1番艦「利根」。同艦の排水量は約1万3000トンのため、「チチブ」はこれ以上になる(画像:アメリカ海軍)。
発端は1933(昭和8)年4月、ドイツにおいて新型軍艦「ドイッチュラント」が就役したことでした。
「ドイッチュラント」の翌年には、2番艦の「アドミラル・シェーア」も就役し、アメリカ海軍は、ドイッチュラント級2隻に対抗するためには、既存の重巡洋艦では対抗できないと考えるようになります。
同じころ、アメリカ海軍は日本海軍でも既存の重巡洋艦よりも大型かつ強力な新型艦が建造中であるとの情報をつかみます。その新型艦こそ「チチブ型大型巡洋艦」でした。チチブ型は排水量1万5000トン、12インチ(30.5cm)砲を6門搭載するというもので、アメリカ海軍はこの新型艦に対抗可能な、より巨大なアラスカ級大型巡洋艦を建造したのです
アラスカ級は6隻が計画され、うち2隻が実際に建造されて1番艦「アラスカ」と2番艦「グアム」が1944(昭和19)年に相次いで就役しています。
しかし、実戦に投入してみると、戦艦ほど砲撃力や防御力に秀でているわけではなく、巡洋艦と比べて速力や旋回性能は劣り、戦闘指揮所などをはじめとした艦内容積の不足なども影響して使い勝手が悪く、現場での評判はあまり良いものではありませんでした。そのため、大戦が終わると2艦は早々と退役しています。
ここにあげた3艦以外にも、アメリカが作った架空の日本海軍艦艇は存在します。また冷戦中にも、アメリカをはじめとしたいわゆる西側諸国は、架空のソ連兵器を作り上げたことがあります。情報の精査は「言うは易く行うは難し」なのかもしれません。