海上保安庁の任務は領海警備や人命救助だけではありません。海洋汚染対策もそのひとつです。
2020年8月6日(木)、商船三井が運航する貨物船「わかしお」が、アフリカの島国モーリシャスで座礁事故を起こし、船体から燃料の重油が周辺海域に流出しました。
商船三井の発表では、船外に流出した重油は1000トン以上になるとのことで、懸命な回収作業が続くなか、現地モーリシャス政府からの要請を踏まえる形で、日本政府は国際緊急援助隊・専門家チームを8月10日(月)に派遣しています。
ボンベを背負い、マスクを装着した状態で訓練する機動防除隊員。1995年の発足以来、出動総数は400件を超えている(画像:海上保安庁)。
国際緊急援助隊・専門家チームは計6名からなりますが、その中心を担っているのが4名の海上保安庁職員です。さらに4名中2名は海洋汚染対策の専門部隊というべき「機動防除隊」所属であり、特徴的な赤色の出動服を身にまとっていました。
機動防除隊とはあまり聞きなれないかもしれませんが、位置づけとしては海洋レスキューの専門部隊である「特殊救難隊」や、シージャックなどに対処する海上保安庁の特殊部隊「特殊警備隊」に比肩するプロフェッショナル集団です。
おもな任務は海洋汚染のもとになる流出油や化学薬品などの有害液体物質、各種危険物などの処理です。しかしその役割は防除措置にとどまらず、流出に伴う海上火災および延焼の防止にまでおよんでおり、関係機関に対する指導や助言も含まれます。
だからこそ今回、モーリシャスに派遣される国際緊急援助隊・専門家チームに、機動防除隊員2名が参加しているのです。
唯一無二の存在「機動防除隊」の足跡機動防除隊は、いまから四半世紀前の1995(平成7)年に誕生しました。

機動防除隊が配置されている海上保安庁の横浜海上防災基地(2020年1月、柘植優介撮影)。
当初は、横浜市に本部を置く第3管区海上保安本部内において2隊8名体制であったものの、1997(平成9)年に日本海でのナホトカ号重油流出事故や、東京湾でのダイヤモンド・グレース号原油流出事故が相次いで起き、これらへの対応から機動防除隊の重要性が認められたことによって、1998(平成10)年4月に3隊12名に拡充されます。
併せて各種資機材を整備・備蓄するための専用施設として、横浜海上防災基地内に機動防除基地が新設されました。
2007(平成19)年には、有害危険物質(HNS)による汚染事故への対応能力を充実させるため、部隊は4隊16名に増強されたほか、近年ではトップの基地長を補佐するためのポジションとして業務調整官が新設され、19名体制となって現在に至っています。
体力よりも知力や調整能力が要求されるプロ集団機動防除隊の規模は20名弱と決して大きくありませんが、彼らに求められているのは、防除資機材を操るだけでなく、専門家集団として関係各所にアドバイスすることです。その役割は海上保安庁内にとどまらず他省庁や地方自治体、民間会社などにもおよぶため、相手の要望を聞きだすコミュニケーション能力や、複数の相手とやりとりする調整折衝能力が重要になるといいます。
体力以上に知力や人生経験がモノをいうことから、10年以上の経験を持つ海上保安官が配属されているそうで、なかには特殊救難隊OBや潜水士経験者も在籍しているそうです。また、海洋汚染に関する知識も表面的なものでは折衝相手を説得できないため、なかには国立大学の理工学部で学ぶ隊員もいるとか。

油回収作業で指導助言を行う機動防除隊員(画像:海上保安庁)。
海上保安庁というと、領海警備や水難救助などに注目が集まりがちです。
そのためのスペシャリストチームといえるのが機動防除隊であり、その規模は決して大きくないものの、担う役割は大きいものといえるでしょう。
なお、商船三井によると8月12日(水)までに、「WAKASHIO」の船上に本船上に残っていた油はほぼ全量を回収できたと見られるそうです。今後は船外に流出した油の回収に努めるとしています。