2026年5月、「事業性融資の推進等に関する法律(事業性融資推進法)」がスタートする。「企業価値担保権」の導入により、企業の実力や将来性、無形資産を含む事業全体を担保にした融資が可能になる。
企業の新たな資金調達の選択肢となることが期待される一方で、貸し手・借り手双方で長年共有されてきた意識や固定観念を変えることへのハードルは高い。
事業性融資を推進する背景や想定される課題を、金融庁総合政策局の大城健司参事官に聞いた。
大城 健司氏(金融庁総合政策局 参事官)
1993年大蔵省関東財務局に入局
金融庁検査局総務課課長補佐
財務省関東財務局理財部金融監督第一課長
金融庁総合政策局リスク分析総括課長などを歴任し、2025年7月より現職。
インタビューに応じる金融庁・大城健司参事官
―事業性融資推進法の意義は
従来、日本の融資慣行は不動産担保や個人保証、公的保証に依存した融資が主流だった。事業性融資推進法により、高い技術力を持つなど将来性のある企業への資金供給が行いやすくなる。
また、現在のタイミングで導入されることにも大きな意味があると考えている。
バブル崩壊後、日本の金融機関、特に大手行は不良債権比率を下げ、不良債権問題を正常化することが最優先課題になっていた。その過程で、金融庁も金融検査マニュアルを作り、金融機関の資産査定が正確に行われているか、財務の健全性がきちんと保たれているかに軸足を置いて検査・監督を行ってきた時期があった。
当時、それはそれで意味があったことだと思うが、その副作用としてリスクをとってお金を貸すことに躊躇してしまう面もあっただろう。また、その後も低成長が続き、リーマン・ショックやコロナ禍もあって低金利の時代が長く続くなかで、一定のリスクをとり、そのリスクに見合う金利を乗せて貸し出すということが難しい環境だった。
昨今、少しずつ足元が変化し、金利のある世界が戻ってきた。また、2023年度には名目設備投資額が100兆円を超え、低成長時代には出にくかった前向きな設備投資に対する資金ニーズも出てきた。
他方、産業構造も変化し、不動産などの有形資産を持たずに成長を続ける企業も出てきている。
この法律は企業の将来性に基づく融資を後押しするとともに、融資慣行を大きく変え、日本の金融仲介機能の高度化に寄与する可能性を秘めた制度になり得ると期待している。
―金融のあり方に変化を与える可能性がある
中小・地域金融機関にも、不良債権処理に関わる取り組みとして、リレーションシップバンキングという考え方が以前からあった。その中で、担保・保証に過度に依存しない融資の推進に取り組んでいた金融機関もあったが、当時の経済環境のもとでは難しかったうえ、その取り組みが当局向けの実績作りに終始するところもあり、必ずしも事業者の将来を見て、リスクをとって貸す慣行に繋がっていなかった。今回この法律の導入で、より本格的にその流れを作り出すきっかけになればと考えている。
―「企業価値担保権」と従来の担保権で大きく違う点は
この制度は借り手と貸し手の間で、緊密かつ継続的なコミュニケーションを行うことが必須になる。双方で信頼関係を構築し、そのもとで事業全体を担保にして融資する。この点に法的な根拠を与えるのが、この「企業価値担保権」制度であり、融資慣行を変えていく大きなドライバになると考えている。
企業(借り手)側はまず、しっかりした事業計画を作成する必要がある。事業計画が最初の金融機関とのコミュニケーションであり、このなかで自分達がやろうとする業務、商売が今後どう成長していくのか、成長させていくためにどう計画しているか、しっかり考えて金融機関に示すことが重要になる。もちろん、事業計画は、過度に精緻なものである必要はない。企業の経営者が理解し、管理できるものであることが、より重要だ。
金融機関(貸し手)は、企業が事業計画で示したことをモニタリングし、当初見込んだ効果が上がっているかどうか、継続的にフォローする必要がある。
極論すれば、不動産などの担保を取った融資であれば、事業者の業況の良し悪しについて、金融機関にリスクはない。
借り手と貸し手の信頼関係のもとで、緊密なコミュニケーションを図っていく関係性の維持が不可欠になる。
―スタートアップや技術力のある企業以外でも活用は可能か
高い技術力があり、成長が見込める先に対する資金供給の手段のほか、例えば、老舗の旅館や製造業で高いブランド力を持つ企業や、地域で立派な顧客網を持つ企業など、そこに価値を見出して融資することも可能だ。この他にも、プロジェクトファイナンスや、事業再生の局面で必要になる資金の融資等にも使う余地があると考えている。
いずれの場合でも、コミュニケーションを図って、事業の内容をよく理解して進めていくという点では同様であり、様々なステージでの利用を想定している。
これまで、金融機関は晴れている時に傘をさし、土砂降りになると傘を取り上げると言われることもあった。「企業価値担保権」制度を通じたコミュニケーションと信頼関係の結果として、土砂降りの雨に立たされる状況になるまで、(融資先を)ほったらかさない。まず日々、天気を一緒に見ながら、雨が降りそうになれば、濡れない所に動いてもらう。あるいは本当に予想外のことが起きて、土砂降りの中に立たされた時には傘をさせるよう、常に準備をしておく。事業再生の局面にもこの制度を利用してもらいたいと考えている。
―貸し手の主体はメインバンクか
複数の金融機関で資金を出す際に使うことを制度的に排除するものではなく、実際に利用も可能だ。プロジェクトファイナンスや、大きな資金を調達する際に複数で使う場面もあり得る。ただ、地域金融機関が、成長途上の小規模の事業者に融資する一般的なケースを考えた時、関わる金融機関は、実務的には少なくなることが想定される。事業の将来性というのは、金融機関によって見方が異なるため、円滑なコミュニケーションを図るためには、関係当事者は少ない方が進みやすいという側面はあるだろう。
―金融機関の「目利き力」向上が不可欠だ
金融機関の内部で人材育成、ノウハウの蓄積などやるべき事は多い。この制度に高い関心を持ち、具体的なケースも想定しながら準備を進めている熱心な金融機関もあるが、現時点で課題が全くない金融機関は恐らくないだろう。
事業者の将来性を見て、金融機関がリスクをとって融資することが当たり前ではない状況が続いてきた。そのために必要な目利き力を高めていく努力を重ねてもらい、金融庁としても支援できることは積極的にやっていきたいと考えている。具体的には、制度の活用に前向きな金融機関を集めて、定期的な勉強会を開催している。それぞれ知恵を持ち寄り、テーマごとに熱心な議論を重ね、金融機関側の体制強化や実務的な課題解決に繋げていきたいと考えている。
また、2019年に金融庁は中小・地域金融機関向けの監督指針を改正し、金融機関に定期的な人事ローテーションを求めないとした。不祥事を防ぐために、定期的な人事異動は必要という考え方もあるが、専門性が身につかない弊害もある。不祥事は、複数の職務を単一人物が担うことができない体制の整備等、別の方法で予防できる。人事異動は、顧客との関係性強化や融資に関するノウハウの蓄積という意味で、必ずしも望ましいことばかりではないので、監督指針を改正し、定期的な人事ローテーションを求めないことを明確にした。
2023年には業種別支援の着眼点という資料を公表した。
金融機関が目利き力なり、融資のノウハウというものを高めていく上での、側面支援を積極的に進めていく。一方で、金融機関自身の意識改革も重要なポイントと考えている。組織のカルチャーとして、将来性ある企業に対する必要なリスクをとった資金供給が、我々がやるべき使命なのだという意識がなければ、目利き力やノウハウは育たず、活かすことも難しい。
5月からスタートするとはいえ、全金融機関が一斉に始めることは想定していない。施行当初における取り組みが、たとえわずかな件数であっても、この制度の趣旨を理解したうえで、真に借り手のためになる事例を積み上げていくことが大事だと思っている。
新しい制度なので、その過程でうまくいかないこともある。仮に成果に繋がらなかったとしても、金融機関や担当者を責めるのではなく、失敗を次に繋げていくことが大切と感じている。
―「企業価値担保権」は信託制度を活用し、商業登記簿に登記される
企業価値担保権の設定には、信託のスキームが利用される。実際に生じる主な違いは、企業価値担保権者が、担保権設定契約(信託契約)締結時に、企業価値担保権の制度概要について借り手に対して適切な説明を行う義務を負うことである。
企業価値担保権は、従来の不動産担保と異なる思想で設計されているため、このような説明はきわめて重要と考えている。
例えば、従来の不動産担保の場合、担保が付された不動産は、基本的に買い手がつかない。もっとも、企業価値担保権の場合、通常の事業活動の範囲では処分が自由となる一方で、借り手が通常の事業活動の範囲を超える財産処分をする際には、企業価値担保権者の事前のコミュニケーション・同意が必要となる。
(企業価値担保権が設定されれば)商業登記簿上に、新しく企業価値担保権の区分が表示され、設定日と担保権者が記載されることになる。この登記の記載が企業の潜在力を示し、ポジティブな認識として受けとめられるようになればと考えている。
―既存の借入金から事業性融資への借り換えは想定しているか
それはあり得る。この制度を利用した場合、基本的に経営者保証を求めないので、個人保証が外れるケースもあるだろう。
事業承継の局面では、これまで経営者保証が後継者にとってネックとなることもあった。既存の融資を事業性融資に借り換えることで、後継者保証を外すことも可能になる。事業承継を円滑に進めていくうえで役立つのであればありがたい。
―利用者となる金融機関や企業に向けてメッセージを
企業(借り手)側には、担保となる資産はなくても、高い技術力などの強み、企業としての魅力を磨き上げながら、事業の展望をしっかり固めていただければと思う。事業計画などを通じて、金融機関にアピールしていただきたい。
金融機関(貸し手)には、まずはノウハウの蓄積や体制整備を進めていただきたい。制度の利用にあたって、いかに借り手との緊密なコミュニケーションを図り、関係構築ができるかが重要になる。実行件数を追うのではなく、趣旨に沿った質の高い取り組みが増えていけば良い。
企業の成長を支えることができれば、企業の経営者や金融機関だけでなく、労働者・取引先の利益にも資するし、地域や日本経済全体の成長にも貢献していくことが期待できる。そのような融資に取り組んでいくという視点で、検討を進めていただければと思う。
(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2026年1月22日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

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