ヌタウナギは世界の海に広く分布する無顎類で、海底の遺骸を食べる“スカベンジャー”として海洋環境を支えています。島根県では漁獲され韓国へ輸出されるなど食材としても利用されています。
(アイキャッチ画像提供:PhotoAC)
ヌタウナギとは
世界の海に広く分布するヌタウナギの仲間。
このグループは顎を持たないことから無顎類とも呼ばれているほか、原始的な生物として知られ、脊椎動物の進化を紐解く上で重要な生物たちです。
また、ヌタウナギ類は遺骸を食べるスカベンジャーとして知られ、スカベンジャー(腐肉食性の生物)とも呼ばれています。これら海底に大量に生息するヌタウナギ類が遺骸を食べて分解することにより、環境の健全性が維持されるのです。
ヌタウナギは海底に大量に生息することが知られる一方、産卵数は1匹あたり20~30個程度、孵化に1年以上かかることが分かっています。このように繫殖効率が低いにかかわらず、なぜ個体数を維持できるのか。
そして、なぜ成長が早いのか、寿命が長いのか。ヌタウナギの基礎的な情報が謎のようです。
情報不足の3つの理由
ヌタウナギの情報が不足している理由は3つあるといいます。
第一にヌタウナギの年齢が分からないようです。一般的な魚類では耳石や脊椎骨を用いた年齢推定法が確立されているますが、ヌタウナギは硬い組織を持たないため、この手法を用いることができません。
第二にヌタウナギ類の多くは深海性であることからサンプリングが困難ということ。
第三に研究対象としての優先度が低いことです。海洋生物の研究において、市場価値や希少性の高い種が優先される傾向があることから、ヌタウナギのような生物はあまり注目されないようです。
しかし、海洋環境の保全には特定の種だけだはなく、海洋生態系というシステムを保全する必要があるため、ヌタウナギを含めた様々な種に研究を広げる必要があるとされています。
島根はヌタウナギ産地
今回、ヌタウナギの研究の進めるうえで、島根県は世界でも稀な地の利を有していました。
日本近海に分布するヌタウナギ Eptatretus burgeri はヌタウナギ類の中でも例外的に浅海に生息する種で、捕獲と飼育が容易だそうです。
また、島根県は日本全国屈指のヌタウナギ漁獲量を誇る地域で、島根県で漁獲されたヌタウナギはすべて韓国へ輸出されています。このようにヌタウナギは島根県の重要な水産資源ですが、これらのことを知る県民は多くないようです。

こうした状況の中、島根大学生物資源科学部の山口陽子助教はヌタウナギを長期飼育・モニタリングすることで、成長や摂餌に関する情報の収集をしました。これらの情報は将来的にヌタウナギの持続的な漁業を実現するほか、海洋生態系を保全する上で重要になるとされています。
この研究成果は『Zoological Science』に掲載されています(論文タイトル:Growth, feeding and age of the inshore hagfish, Eptatretus burgeri)。
1年半にわたる飼育と記録
今回行われた研究ではヌタウナギを1年半にわたり飼育し、毎月、体長と体重の測定、エサの消費量や摂餌時の行動、排泄までの日数などの記録が行われました。
記録から得られたデータと過去に島根県水産技術センターが報告したデータを合わせて解析した結果では、ヌタウナギの生殖腺が発達し始めるのが早くて4歳以降であること、漁獲されるのヌタウナギは主に6~9歳であること、寿命が50年を超えることが示唆されています。
また、摂餌データからはヌタウナギは食べた餌を2週間ほどかけてゆっくりと消化し、腸と同じサイズのフンとして一気に排泄することも明らかになりました。
想定以上に低い繁殖率
ヌタウナギの繁殖様式についても、新たな知見が得られたようです。
今回の研究で用いられたヌタウナギ Eptatretus burgeri は季節性の繁殖パターンを示し、夏から秋に産卵することが知られています。
つまり、これまでに考えられてきた以上にヌタウナギの産卵効率は低いとされています。
ヌタウナギは乱獲に弱い
今回の研究は、ヌタウナギが長寿な生物であることを世界で初めて明らかにしました。また、本種はいったん個体数が減少すると個体数回復に長い時間を要すると考えられています。
これらのことは、海底に多く生息するヌタウナギが乱獲や環境変化に対し脆弱である可能性を示すものとなりました。今回の研究は、海洋生態系の保全を議論する上で重要な成果とされています。
<サカナト編集部>