NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、快調に進行中。
-第30回から幕府の政に参加する松平定信は、寛政の改革を推進するなど、物語のキーパーソンとなるようですが、井上さんは本作の松平定信をどんな人物と捉えていますか。
一言で言って「めんどくさい人」です(笑)。やりたいことや伝えたいことはよく分かるのですが、「なぜそんな言い方をするのかな?」と思うことが多くて。「定信は世の中をこうしたいから、こう言っているんだろうな」と行動は理にかなっているのに、そのやり方や言い方が独特なんです。しかも、そういうせりふを言った後の映像を確認すると、共演者の皆さんが渋い表情でリアクションされているので、「そうなりますよね…」と妙に納得してしまって(苦笑)。
-「質素倹約」を旨とする寛政の改革を進める定信は、出版統制の強化にも乗り出すようですが、実は黄表紙(社会風刺を込めた娯楽小説)が大好きな一面もあるとか。
定信は基本的にオタク気質で、周囲には「質素倹約」とうるさく言いながら、実は幼い頃から黄表紙が大好きなんです。それを自ら禁止しなければいけない葛藤は、森下(佳子/脚本家)さんが脚本にしっかりと描いてくださっています。定信もただの堅物ではなく、そういう人間味あふれる一面があることを知ってうれしくなり、魅力的なキャラクターにしたいという思いが、より強くなりました。
-第30回で定信は、一橋治済(生田斗真)からの誘いで幕府の政に参加するようですが、定信は治済に対してどんな思いで向き合っているのでしょうか。
「利用してやろう」と考えていることは間違いありません。ただ、それが100%というわけではなく、御三卿の一橋家とかかわっていく上での立ち回り方を、言い方やちょっとした間で試しながら、探っているところがあるんです。その辺のニュアンスをどう表現するかは、クランクインしたとき、演出や皆さんと入念にディスカッションさせていただきました。
-視聴者からは「怖い」と評判の一橋治済ですが、井上さんがご覧になった印象はいかがですか。
やっぱり、怖いですよね(笑)。これまでドラマを見ていても、1人で遊んでいるシーンが、ポンと入って終わったりすると「この人は、何をたくらんでいるのかな?」と思わせる不気味さがあって。実際に現場で向き合ってみると、斗真さんは僕が予想もしなかったようなお芝居をされるので、いつも驚かされています。でも、それも確かに治済なんですよね。それに対して僕も、定信として100%のリアクションができるよう、斗真さんのお芝居を一瞬も見逃すまいという気持ちで演じています。
-松平定信は、幼い頃から自分の運命を翻弄(ほんろう)してきた田沼意次(渡辺謙)と対立するそうですが、第30回で早速、意次と対峙(たいじ)する場面があるとか。
大先輩の俳優の皆さんが演じる幕府の重臣たちを引き連れ、田沼意次に物申す、というシーンだったので、収録の時はとても緊張しました。
-田沼意次役の渡辺謙さんの印象はいかがですか。
謙さんとご一緒させていただくのは初めてだったので、最初に「松平定信役の井上です」とごあいさつに伺いました。すると、ちょうどメイク中だった謙さんが「お前か!」と冗談っぽく迎えてくださったんです。おかげで、緊張していた気持ちが軽くなり、収録が楽しみになりました。
-そして迎えた収録はいかがでしたか。
定信と意次は火花を散らす関係なので、収録自体は緊張感がありました。それでも、収録の合間には謙さんが気さくに話しかけてくださり、お芝居で気付いたことをアドバイスしてくださったり、貴重な経験談を伺ったり、十分にコミュニケーションを取ることができました。
-幕府の政に携わる定信が蔦重と直接かかわることはないかもしれませんが、蔦重役の横浜流星さんとお会いする機会はありましたか。
謙さんと初めてお会いした同じ日に、ちょうど横浜さんもいらっしゃったので、ごあいさつさせていただきました。お会いしたのは今のところその時だけですが、横浜さんとは同い年ということもあり、また違う刺激を受ける部分もあると思うので、劇中で定信と蔦重として対面できることを期待しています。
-松平定信が進める寛政の改革は、蔦重に大きな影響を及ぼすそうなので、ある意味、ヒール的な存在とも言えそうです。
定信は「世の中を良くしたい」という思いで寛政の改革を進めているだけで、「蔦重をどうにかしてやろう」と考えているわけではありません。ただ、結果的にそれが、蔦重の運命を大きく左右することになります。そのドラマを盛り上げるため、僕は「めんどくさいやつ」と思われる定信を、脚本に従ってできるだけ強烈に表現できればと思っています。
-放送を見た視聴者からSNSで「なんだこいつは」などといった反響があるかもしれませんね。
そうなったら最高です(笑)。この作品での定信の役割はそこにあると思うので、そのために全力で取り組むつもりです。
(取材・文/井上健一)