世界的映画スターのカトリーヌ・ドヌーヴが、日本を舞台にした映画に主演する。この言葉に心躍らぬ映画ファンはいないだろう。
来日したフランス人歌手クレア(カトリーヌ・ドヌーヴ)が、突然の死を迎える。死後の世界をさまよっていたクレアは、同じく死を迎えた日本人ユウゾウと出会い、ユウゾウの遺言を果たそうとする息子ハヤト(竹野内豊)の旅を見守ることに。人生に苦悩するハヤト、それに静かに寄り添うクレアとユウゾウの行く手に待つものは…。
本作で、カトリーヌ・ドヌーヴ扮(ふん)するクレアと共に旅するユウゾウを演じているのが、日本の誇るエンターテイナー、堺正章。「光栄なこと」と語るカトリーヌ・ドヌーヴとの初共演の舞台裏やユウゾウ役への思いを聞いた。
-オファーを受けたとき、本作のどんな点に魅力を感じましたか。
最初にいただいたスクリプト(台本)は、フランス語と日本語が混在していたため、全体が把握できず、やや困惑しました。ただその困惑が同時に、「これは何か違う世界を描いてくれそうだぞ」というワクワクにもつながって。しかも、僕も70歳を過ぎ、「生と死」についてリアルに考えるようになったところに、このお話をいただいたこともあり、非常に興味深い世界だなと。
-確かに、とてもユニークな作品です。
そしてもう一つ、主演がカトリーヌ・ドヌーヴさんと決まっていたので、一生に一度でもカトリーヌさんとお芝居ができるのは、光栄なことだという喜びもありました。
-カトリーヌ・ドヌーヴさんとの初対面はいかがでしたか。
来日して初めてお会いしたとき、彼女は僕に目もくれなかったんです。でもそれなら、この撮影中に、向こうから距離を縮めてくるようにしようと、作戦を練りました。一緒にお芝居する上で、コミュニケーションを取るのは大事なことですし、彼女が喜ぶことをしてあげたら、日本のいい思い出になるのではと思って。そこで毎日、食べものやちょっとした小物をプレゼントしていったんです。それでも、なかなかいい反応が得られなかったのですが、あるものを贈った途端、ものすごい反応があって。
-それは何だったのでしょうか。
なんと、いちご大福だったんです。いちご大福を一箱贈ったら突然、「どこで買ったの?」「どうしたら買えるの?」と質問攻めに遭って(笑)。それをきっかけに一気に距離が縮まり、向こうからハグまでしてくるようになりました。
-実際に共演して、カトリーヌ・ドヌーヴさんの魅力をどんなところに感じましたか。
カトリーヌさんは、芝居らしい芝居をほとんどせず、リアクションも非常に小さい。それでも、その小さなリアクションの中で、訴えるものが非常に強く表現されていて、ものすごくスケールの大きな存在感があるんです。そういうお芝居を見ると、やっぱりスクリーンに映える大女優だなと。今はそういう方も少なくなってきましたが、大きなスクリーンの中で輝くその姿を目に焼きつけておかなければ、と思わせるすごみがあります。
-さすが、世界的大スターですね。
しかも、若い頃はシンプルに「美しい女優」という印象でしたが、年齢を重ね、さらに輝きを増していますよね。「若い時が一番」なんて考えはみじんもなく、年齢と共に輝いていく人生の積み上げ方を知っているのではないでしょうか。もしかしたら、フランスにはそういう考え方が根付いているのかもしれませんが、その生きざまが本当に素晴らしい。
-この作品は堺さんにとって12年ぶりの映画出演作となりますが、特別な感慨はありますか。
僕自身の仕事に対する心構えはいつもと変わりませんが、カトリーヌさんの存在が、この映画にとっては非常に大きかった。
-そういう意味では、カトリーヌ・ドヌーヴさんと堺さんが正面から向き合った、お2人ならではの映画という印象があります。カトリーヌ・ドヌーヴさんとの共演で、お芝居について改めて気付いたことはありますか。
やっぱり、映画にはテレビとは違うスケール感がありますよね。テレビにも素晴らしい作品はありますが、今回は映画という事で、僕ももう1つ大きなスケール感を意識していた気がします。そのために、なるべく自然体でいなければと。ただ、自然体ほど難しいことはありません。だから、そのためにはどうしたらいいのか、常に考えながら過ごしていました。
-ところで、堺さんが演じたユウゾウは、創作に悩む息子のハヤトを心配し、見守る父親という事で、堺さんと俳優の道に進まれた娘の堺小春さんの関係に重なって見えます。その点で、ユウゾウに共感する部分はありましたか。
もちろんです。どんな親でも、子を持ったときから、子どもに対する責任や強い思いは、果てしなくあると思いますから。僕の場合、たまたま父(喜劇俳優の堺駿二)がこの世界にいて、僕もその世界を継ぎ、自ずと「堺」の名が父の代から続きました。それを娘が継いでくれるということで、こんなドラマチックな話はないと思っています。
-すてきなお話です。
ただ、大変なのは継いだ後です。大事なのは、彼女がこの世界でいかに表現者としてやっていくか、ですから。といっても、心配はしつつも、余計なことは言わず、見守っていようと思います。
-それは、どんな思いからでしょうか。
僕の父は本能的に生きた男で、他人を指導するようなことは苦手な人でした。そのせいか、弟子も少なかったですし。ただその分、子どもにもとやかく言わないというのが方針で、おかげで僕も自分のやりたいようにやれたことは、幸せだったと思います。
-それでは最後に、本作の撮影を振り返って今どんな思いを持っているか、お聞かせください。
実は、撮影は思ったよりも大変だったんです。監督のエリック・クーさんはシンガポール出身で、スタッフにもシンガポールから来た方が多く、日本人は1/3くらい。そのため、コミュニケーションに苦労することも多かったですから。それでも、僕の中ではとても面白い日々を過ごせたという印象が強く残っています。カトリーヌさんとの共演という重大な責任も果たせましたし。そういう意味で、とても達成感のある作品です。
(取材・文・写真/井上健一)