NHKで好評放送中の連続テレビ小説「ばけばけ」も第24週を迎え、いよいよ残り2週となった。著書『怪談』で知られる小泉八雲(=ラフカディオ・ハーン)の妻・セツをモデルに、主人公・松野トキ(髙石あかり)と夫レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)の日常を丁寧に描く物語は、多くの視聴者から好評を持って迎えられた。

クライマックスを前に、全25週の脚本を書き上げた脚本家のふじきみつ彦氏が、作品を振り返ってくれた。

-最終回まで脚本を書き上げた今、改めて振り返ってトキとヘブンに対する思いをお聞かせください。

 髙石さんの演じるトキと、トミーさんの演じるヘブンを見れば見るほど、さまざまな困難を乗り越え ていく二人が、本当に明治の時代を生きていたような気がしてきました。僕の母が松江出身で、僕も生まれは松江なので、小泉八雲さんの旧居があることは子どもの頃から知っていましたが、育った土地は別なので、それほど身近に感じていたわけではないんです。それでも、松江にトキやヘブン、周りのみんながいてくれてよかったと思うくらい、「ばけばけ」の登場人物が大好きになりました。

-トキが出雲ことばでヘブンが英語と、言語の異なる二人がコミュニケーションをとろうとする姿がほほ笑ましく、夫婦の愛情がにじみ出ていますね。

 最初に朝ドラのお話をいただいたとき、NHKの方がモデルになる人物の候補をいくつか挙げてくださった中から、僕が小泉セツさんを選んだ理由の一つが、「言葉」でした。僕は会話劇が好きなので、出雲ことばと英語だったら、ゆっくりかみ締めるような面白い会話劇になるのでは、と思ったんです。本人たちは大真面目に、自分の意思や気持ちをなんとか言葉で相手に伝えようとする様子が、おかしさといとおしさのある会話になるはずだと。結果的には、僕が期待した以上の「ばけばけ」らしい会話劇になりました。

-お得意とする会話劇の中で、特に印象に残ったことを教えてください。

 「ばけばけ」が、多くの方から応援いただけるようになったのは、一度、第3週まで書き上げた脚本を書き直したことが大きかったと思います。

最初に書いた脚本では、「トキは、武士の娘だからはしゃがない」、「当主の司之介(岡部たかし)を立てるため、妻のフミ(池脇千鶴)は会話に入ってこない」など、“武家らしさ”に拘り過ぎ、いまひとつ面白くならなかったんです。その出来に自分でも納得できなかったので、第3週まで書き上げた後、僕の方から申し出て、すべて書き直しをさせていただきました。

-そんな裏話があったのですね。

 その中で、特に印象的だったのが、第1回冒頭の“丑の刻参り”(深夜に白装束でわら人形にくぎを打つ呪いの儀式。劇中では、明治維新によって没落した松野家が、世を恨んで行う様子が、ユーモアを交えて描かれる)の場面です。書き直す前から“丑の刻参り”の場面はありましたが、会話が堅苦しい上に、「武士らしくない」という理由で勘右衛門(小日向文世)もいなかったんです。それを、書き直したときに、勘右衛門を立ち会わせて司之介に突っ込んだり、立ち寝するトキを加えたりした結果、松野家の空気をつかめた手応えがあって。あのシーンを面白く書けたおかげで、その後の執筆も楽しくスムーズに進むようになりました。

-トキとヘブンの平凡な日常の中にある幸せを丁寧に描いている点も、「ばけばけ」の大きな魅力です。劇中、その象徴のように使われているのが、しじみ汁を飲んだトキが満足そうに口にする「あー…」という言葉と、スキップです。この二つはどこから思いついたのでしょうか。

 しじみ汁を飲んだトキが口にする「あー…」は、序盤の脚本を書き直したときに生まれました。

書き直しをする中で、どうしたら面白くなるか考えていたとき、ふとひらめいて。しじみ汁を飲んだトキが、「あー…」と言うことで、司之介から「はしたない」という言葉を引き出すことができる。それによって、「ここは武士の家だ」という司之介の考えを、面白く、端的に見せられるのではと。トキには、大人になっても、ヘブンの妻になっても、変わらずにいてほしかったので、後々までそれを繰り返すようになりました。

-スキップはいかがでしょうか。

 ヘブンと出会ったことで、トキの日常にさまざまな西洋文化が入ってきますが、“異人さんがやってきた”ということを、“土足で家に上がる”みたいな使い古された描写でなく、もう少し“おかしみ”のあるもので表現できないかと考えていたんです。その中で、パッとひらめいたのが、スキップでした。それが後々、トキの心情表現など、さまざまな場面にハマるようになって。ヘブンと心を通わせたトキが、松江大橋でスキップするシーンは、僕も大好きです。

-まげを落とさず、武士に拘っていた勘右衛門が、意外なことにスキップ上手でしたね。

あれほど異人嫌いだった勘右衛門が、上手にスキップすることを、皆さんは意外に思われたかもしれませんが、僕の中では違和感はありませんでした。史実上、セツさんの養祖父がハーンさんの日本名“八雲”の名付け親ということもあり、スキップを通じて少しずつ歩み寄っていく感じも意識していました。

-続いて、最初は通訳としてヘブンと出会い、やがてかけがえのない存在となった錦織友一(吉沢亮)に対する思いをお聞かせください。

 僕もあの二人は大好きなので、もっと一緒のシーンを見たかったです。当初は「大きな出来事もない中で、こんなに分厚い友情が生まれるかな?」とやや心配していたんです。でも、演じるトミーさんと吉沢さんの力で、脚本をはるかに超えた分厚い友情が築き上げられていって。錦織がヘブンに振り回される様子など「ばけばけ」の二人は、モデルになったハーンさんと西田仙太郎さんよりもかわいらしくなっていましたし。そういうお二人に、テレビを見ながら毎回、圧倒されっぱなしでした。

-残念ながら、錦織は第23週で亡くなりましたね。

 西田千太郎さんの史実に合わせ、錦織は亡くなりましたが、ハーンさんの著書『東の国から』にある「出雲時代の懐かしい思い出に、西田千太郎へ」という献辞を、宛名だけ「錦織友一」に変え、そのまま引用させていただきました。あの二人を今後見ることができないのは残念ですが、ヘブンにとっての「一番の友人」という思いを込めて僕がつけた「友一」という名前にふさわしく、第23週はトミーさんと吉沢さんが、脚本を上回る素晴らしいシーンを作り上げてくれました。

-それでは最後に、視聴者に向けてのお言葉をお願いします。

 残り22週ですが、僕自身、実在の人物をモデルに物語を書くのは初めてなので、登場人物たちがこんなに愛おしく感じられるものかと、テレビを見ながら自分でも驚いています。もうすぐ『怪談』まで辿り着くので、ぜひ最後までトキとヘブンを見守っていただけたらうれしいです。

(取材・文/井上健一)

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