GRヤリスは、おなじみのヤリスに1.6リッターターボエンジンをねじ込んだ四輪駆動スポーツコンパクトカーである。272ps/370Nmというエンジン性能はひと昔前ならスーパーカー級であり、普通のヤリスより見るからに拡幅されたワイドボディもあいまって、モンスター的な迫力すら感じさせる。

 そんなGRヤリスは"世界ラリー選手権(WRC)で勝つためのホモロゲーションモデル"として、昨2020年秋に発売された。ホモロゲーションモデルとは、市販車ベースの競技のために開発・市販されるクルマのことだ。

 先日、トヨタは来たる2022年用ニューマシンの開発動画を公開したが、なるほどGRヤリスのカタチをしている。ただ、それは来年から導入される"ラリー1"という新規定のもので、同規定では、これまでのように市販車のハードウェアをベースとする義務はない。

 知っている人も多いように、GRヤリスはもともと"WRカー"規定のラストシーズン=2021年にすべての照準を定めて発売された。しかし、新型コロナウィルスの影響でトヨタは2021年用マシンの新規開発を断念して、今シーズンも従来型マシンを走らせている。

つまり、WRCホモロゲーションモデル......というGRヤリス本来の役割は、結果的にも意味のないものになってしまっているのだ。

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 しかし、世のクルマオタクたちのGRヤリスへの熱狂ぶりを見れば、ホモロゲーションがどうのこうの......という細かいツッコミはもはや二の次である。世界的に見ても、こんなマニアックなツボ満載のコンパクトカーはほかに存在しないからだ。

 GRヤリスの走りは、とにかく痛快そのものだ。その源となるエンジン1.6リッターは3気筒ターボである。つい最近まで軽自動車専用的なイメージがあった3気筒だが、今では1.5リッター級の3気筒もめずらしくない。

しかし、さすがに300ps近いハイパワーの3気筒は、世界的にも類例がほとんどない。

 トヨタによれば、3気筒は一般的な4気筒に対して振動面では不利だが、1気筒あたりの容積が大きいので大トルクを出しやすい。さらに専門的にいうと"排気干渉"が小さいので性能も上げやすい。しかも、排ガス流量が多くてターボチャージャーとの相性もよく、今回のようなパワー重視の大口径シングルターボでも応答性を高めやすいのだそうだ。

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 実際、その3気筒ターボの濃厚な存在感はGRヤリス最大のツボである。3500rpm以下ではあまり覇気がないのに、4000rpm前後に達した途端、なにかが炸裂したかのようにモリモリと力が湧きだす。

このある意味で古典的な味わいは、本物のチューンドエンジンそのもの。そこから回転限界の7200rpmにいたる"ビィーン"という絞り出すような排気音と鼓動は、このクルマでしか味わえない。 

 それに組み合わせられる4WDもツボだ。前後駆動配分を安心感の高いノーマルモード(60:40)、とにかく推進力の高いトラックモード(50:50)、そして回頭性重視のスポーツモード(30:70)に切り替えられるもので、それぞれに乗り味が変わるのが面白い。

 そんなGRヤリスは、見た目からして乗り心地が悪そうだが、実際は正反対。ワイドな歩幅のもつ専用ボディと動力トルクを四輪に分散させるフルタイム4WDのおかげで、サスペンションをガチガチに固めなくても、コーナリングではしっとりと踏ん張ってくれるし、エンジンパワーをあますところなく路面にたたきつけられるからだ。

とくにラリーでも走る荒れた一般道では、豊かでしなやかなサスストロークが生命線。この快適な乗り心地も生きた道と本物のノウハウで鍛えられたツボなのだろう。

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 GRヤリスには3種類のグレードがあるが、1.6リッターターボ+4WDという外せないツボなメカをもつのは写真の"RZ"と、それより60万円高い"RZハイパフォーマンス"の2種類である。GRヤリスのようなクルマを買う筋金入りマニアには、やはり最上級の"~ハイパフォーマンス"が人気らしい。その最上級グレードにはハイグリップタイヤと鍛造ホイール、それに合わせた少し硬めのサスペンション、強化ブレーキ、サーキットやダート走行で真価を発揮するリミテッドスリップデフ(LSD)、そしてスポーツシートなどが標準装備となる。これら専用装備ひとつひとつを計算すると、なるほどコスパも高い。

 ただ、エンジンや4WDなどの基本ハードウェアは両車共通だ。サーキット走行はせず、あくまで一般の高速や山坂道メインで楽しむなら、普通のRZのほうが日常的なドライブでのクセもなく、腹八分目くらいで走りを楽しむときのコントロール性も逆に高い。......なんて、GRヤリスは細かいグレード選びでもマニアなツボを追求したくなってしまう。

 現在、WRCでトヨタと総合タイトル争いをしているヒュンダイやフォードは、GRヤリスのようなクルマを市販していない。従来のWRカー規定でも、レギュレーション上は、ベース車両をこんな凝った内容にする必要はないからだ。それでも、トヨタがGRヤリスを出した最大の理由は"今はどこもつくっていない、こういうクルマをつくりたかった!!"という現場の純粋な思いだろう。

今どき、こんなツボなクルマを世に出してくれただけで、トヨタには大感謝である。

【新車のツボ174】トヨタ GRヤリス。世界で唯一の公道を走るWRCカー

【スペック】
トヨタ GRヤリスRZ
全長×全幅×全高:3995×1805×1455mm
ホイールベース:2560mm
車両重量:1280kg
エンジン:直列3気筒インタークーラーターボ・1618cc
最高出力:272ps/6500rpm
最大トルク:370Nm/3000-4600rpm
変速機:6MT
WLTCモード燃費:13.6km/L
乗車定員:4名
車両本体価格:396万円