錦織圭にとって4年ぶりの全豪オープン開幕戦は、センターコートに次ぐキャパシティを誇る「ジョン・ケイン・アリーナ」に組まれた。

 約10,500人を収容するこのアリーナは、「People's Court(人々のコート)」のニックネームでも知られる。

客席の大半が自由席のため、子どもやテニスを愛する人々がトップ選手を見るべく列をなし、詰めかけるのが愛称の由来。ゆえにこのコートには、オーストラリア選手を中心に、地元ファンに人気選手の試合が組まれるのが慣例だ。

 そのPeople's Courtに、錦織とチアゴ・モンテイロ(ブラジル)の試合が組まれたのは、ひとえに錦織のこの地での人気と知名度によるものだろう。過去4度のベスト8進出者に対する敬意も、当然ながらあるはずだ。

錦織圭の調子は「右肩上がり」4年ぶりの全豪OPは「誰とやって...の画像はこちら >>
 いずれにしても、かつての世界4位にして先の香港オープンファイナリストの帰還には、最高の舞台が用意された。

「やっと、去年の夏くらいから感覚をつかめ始めて、右肩上がりにはなってきています」

 開幕を3日後に控えた、全豪オープン会場のメルボルンパーク──。移動の疲れも見せず連日エキシビションや練習をこなす錦織が、メディア取材に応じて語った。「やっと」という言葉には、踏破してきた道のりがいかに長かったか、実感がにじむ。

「やっぱり、時間はかかるなと思いましたね。2年間ほぼ試合に出られなかったので、さすがに簡単にはいかないだろうなとも思っていました。もちろんそれは、周り(の選手たち)を見ても。復帰しても以前の状態には戻ってこられない選手もいますし、そういうのを見て、それを自分と比べながら戦っていたので......メンタルと身体は、けっこう戦ったほうだと思います」

 それら復帰への「戦い」を振り返る時、彼は「葛藤」という言葉をよく使う。

「試合に出たい。でも、出られない」──それら相反する思いを行きつ戻りつするなかで、当然ながら焦りを覚えもした。

【昨夏までは宙に浮いているような感じ】

 たとえば、昨年3月のマイアミオープン出場は、今振り返れば「失敗だった」と錦織は言う。

「結果だけ見ると、ちょっと失敗ではあったんです。そこから1~2カ月、また休んでいるので......。

 会場が家から近かったこともあり、試合に出たい気持ちとの狭間で戦うなかで、出るほうを選んじゃったんですけど、そこは難しい決断でしたね......結果、悪くなっちゃったんで。もちろん、始まる前には結果はわからないのでしょうがないんですけど、もうちょっと遅らせておけばよかったな、という気持ちもあります」

 マイアミ出場後は肩の痛みも大きくなり、結果、5月末の全仏オープンまで再び戦線離脱を余儀なくされた。そこからの復帰後も数カ月間は、大会序盤での敗退など厳しい時期が続いた。

「再発から戻ってきたけれど、夏まではもう本当になんか、宙に浮いているような感じでしたね。何を打っても入る気はあんまりしなかったですし、今みたいにしっかりラリーができる感覚ではまったくなかった。

 ただ、もちろん時間がかかることはわかっていたので、想定内くらいの範囲だったかなと思います。もうちょっと時間がかかってもおかしくないなと思っていたので」

 その「宙に浮いていた」感覚から、突如として地に足が着いたのが、8月上旬のカナダ・マスターズだ。

 2回戦で世界ランク11位のステファノス・チチパス(ギリシャ)に快勝したのを筆頭に、往時を彷彿させるストローク力を発揮し、ベスト8へと躍進。

この突然の復調の兆しは「想定外だった」と錦織は小さく笑った。

 目にした復活への光に邁進するかのように、錦織は9月のジャパンオープンでも日本のファンの前で完全復調に近いパフォーマンスを披露。シーズン最終戦のヘルシンキATPチャレンジャーでは優勝し、106位で年内の全スケジュールを終えた。

 その後も錦織はチャリティマッチ等に出演するなど、精力的な年末を過ごす。実際にオフらしいオフは、ほとんど取らなかったそうだ。

「テニスはもちろん休みましたけど、精神的にそこまで疲れてなかったし、意欲もあった。トレーニングに時間を注ぎ、重点的に体を作ることがでましたし、テニスの練習も3週間くらいできました。テニス自体はそこまで変えることなく、年末のよかった感覚を落とさないように、しっかり意識しながらやってきました」

【全豪OPでは1~2回戦を突破したい】

 そのいい感覚を保ち、描く「右肩上がり」のカーブの先で、錦織は4年ぶりの全豪オープンを迎える。果たして今の錦織は、「完全復活」に到達したと感じているのか? その問いには、彼は幾分、首をかしげる。

「かなりよくなってきたし、8割くらいは来ているんですが、まだ試合のなかで自信が持てず、ちょっと下がってしまったり。そこらへんをなくしたいのと、(現74位の)ランキングをもっともっと上げていければ......、50位、30位と入っていければ、また違った世界が見え、メンタル的にも強気に行けるんじゃないかなと感じています」

 その「違った世界」を眺望できる高みに至るには、今大会は絶好の足がかりだろう。

 昨年の12月の時点で錦織は、「まだ、グランドスラムのベスト8を目標にすると言えるほどの自信はない」と言っていた。

 では、香港でツアー決勝に進んだ今なら、その思いは変わっただろうか──?

「いや、まだそこまではないですかねぇ。ほんと、1試合ずつ。確実に序盤でシードに当たるし、まだまだチャレンジャーの気分ではあるので。この間の(香港オープン)決勝では、急に、自分が勝たないといけないみたいな雰囲気が自分のなかで出てしまった。そういうところも反省点ではあります。ランキング的にも全然、まだまだリラックスしてできる地位にはいるので」

 錦織の「まだ自信がない」発言には、おそらくは、言葉にすることで自身への過度な期待を払い、"無欲の特権"を活用する狙いもあるのだろう。

 だからこそ、彼は言う。

「ドロー運もありますし、3セットで戦い終えることなども関わってくる。でもプレー自体はいいので、誰とやっても簡単に負ける感覚はないし、そこは半年前とは全然違う。1~2回戦を突破したいなという気持ちではいます」

 自分への期待感と、それを沈めるかのような謙虚さ──。ケガと戦っていた頃とはまったく異なる「葛藤」を抱え、2025年最初のグランドスラムへと向かう。

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