久保建英を擁するレアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)がジャパンツアーを敢行し、V・ファーレン長崎、横浜FCと2試合を戦った。長崎に1-0で敗れた後、横浜FCに1-2で勝利。
では、ラ・レアルが日本サッカーに与えた教訓は何だったのか?
ラ・レアルが厳しい条件だったからこそ、あらためて浮き彫りにした事実がひとつあった。「サッカーは"技術を出せるか"がモノを言う」
基本技術が高く、それを戦術のなかで、強度のなかで出せる選手は戦えるし、違いを生み出すことができる。
長崎戦でのラ・レアルの選手のコンディションは最悪に近かったが、プレッシングに少しも焦っていない。確かに高いレベルのテンポは生み出せなかったが、技術的な確信があるだけに、ハイプレスに面食らうことはなかった。慌ててロングボールを蹴り込むような愚を犯していない。後半は久保の登場でプレーが改善した。わずか26分間で久保が再びピッチを去り、失点を喫したが。
ラ・レアルはひとりひとりがサッカー技術の確かさを示していた。
横浜FC戦は、そこが顕著に出た。選手のコンディションがいくらかマシになったことで、体力的な負荷が下がったのだろう。技術を出せる条件が整い、横浜FCを凌駕した。前後半で選手もシステムも大幅に変更し、安定した戦いにはならなかったが、何気ないターンひとつとっても、展開のパスひとつとっても、質の違いを見せつけていた。
その最たる選手が久保だった。右サイドでボールを受けると、完璧なコントロールからボディフェイントだけで逆を取っている。体の使い方から予測を許さないモーションでスルーパス。一瞬でシュートの軌道を作って、鋭く左足を振る。自らの技術でタイミングを作り出し、ジョン・ゴロチャテギに出したパスはPKを誘うなど、完全に局面を制していた。
【19歳の日本人ディフェンダーを獲得】
その久保は別として、ラ・レアルの理念は下部組織スビエタの育成から徹底されている。スビエタこそクラブの源泉と言える。ここから育った選手がトップチームで戦い、指導者としても戻ってくるサイクルがある。
昨シーズンまでトップチームを率いたイマノル・アルグアシルも、今シーズンから率いることになったセルヒオ・フランシスコも、その流れである。セルヒオ監督は昨シーズン、Bチームであるサンセを2部(レアル・マドリード、バルセロナなどのビッグクラブもBチームはすべて3部以下)に昇格させた。シャビ・アロンソ監督(現レアル・マドリード監督)以来の快挙だ。こうして半永久的に、クラブの理念が強化されるのだ。
今回のジャパンツアーではスビエタ出身の若手、ゴロチャテギやイニャキ・ルペレスが重用されていたが、彼らは次の時代のラ・レアルを背負う候補だろう。ミケル・オヤルサバルやアンデル・バレネチェアなど、チームの半数以上が下部組織出身だけに、士気も落ちない。
また先日、ラ・レアルはJリーグで出場経験がない(カップ戦出場のみ)DF喜多壱也を京都サンガから獲得することを発表した。ラ・レアルのBチームであるサンセへの期限付き移籍(買い取りオプション付きで、その場合の移籍金は150万ユーロ/約2億6000万円)。19歳の喜多は189cmの長身で、ヘディングで競り合える点は先行投資の理由になったはずだが、やはり左利きでサイドチェンジのボールを蹴れる点が大きかっただろう(左利きの選手は"タイミングを外せる"と言われ、希少価値があり、重用される傾向にある)。
サンセは昨シーズンまでトップチームのヘッドコーチだったジョン・アンソテギが率いる。彼自身もスビエタ出身でトップチームでもプレーし、指導を重ねてきた"全身ラ・レアル"と言える人物。元センターバックの監督は、サイクルのなかで喜多にどんな化学反応を起こせるか。
今回のジャパンツアーでも、目立った日本人選手はいた。
たとえば長崎の笠柳翼、横浜FCの新保海鈴のふたりは技術面で出色だった。だからこそ、ラ・レアルをも脅かすことができた。
ふたりは技術の高さを生かし、アドバンテージを取り、それが得点やアシストにつながっていた。笠柳は縦、内とどちらにも切り込めるドリブルを見せ、ディフェンスの距離感をバグらせて、カットインからの右足ゴールを決めた。新保はFKからのゴールアシストも見事だったが、ルキアンへのクロスはラ・リーガのレベルで、相手をドリブルで押し下げたあと、瞬間的に生まれたバックラインの前のスペースにボールを流し込んでいた。
ふたりはラ・リーガで戦う素養がある選手と言えるだろう。
ラ・レアルは、そうした"技術を出せる"選手を丹念に育成してきた。技術は持っているだけでは意味がない。技術を出せる戦術、体力、メンタルを身につけ、さらに磨いていく野心や向上心が必要になる。その技術こそが個性につながるのだ。
たとえば今オフ、アーセナルに移籍することになったMFマルティン・スビメンディは、下部組織スビエタで育った代表選手だろう。
「息子は幼い頃から、"あれがマルティンだ!"と遠くから見てもわかるキャラクターの選手だった。"ピン、パン"と小気味よくボールをさばいていた。それはフットボールを考察したビジョンがないとできないプレーなのさ」
スビメンディの父がそう語っていたことがあったが、原型は子ども時代にほとんどできている。そういう子どもたちを集めて、切磋琢磨させる。それがラ・レアルの強さを生み出している。
もっとも、こうしたジャパンツアーがクラブの強化につながるかについては議論の余地はある。ラ・レアルは例年、フランスの山間部にあるトレーニング施設でじっくりとシーズンを戦う準備をしてきた。集金活動のため、長い時間をかけて日本に来て、主力も抜きで高温のなか、ゲームを戦う必要性は現場にはない。
やはりジャパンツアーはお祭りであり、夏の陽炎だったか。