8月2日、ノエビアスタジアム神戸でヴィッセル神戸30周年記念チャリティーマッチ「LEGENDS MATCH」が開催された。ヴィッセル神戸に縁のあるレジェンドたちが集結し、神戸ドリームスとワールドドリームスに分かれて対戦。
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試合当日の午前中、神戸の街角。街路灯にカズのプレー姿の幕が揺れている。どこからともなくゴッドファーザーのテーマ曲が漏れ聞こえてくる。「カズおかえり」
街全体がカズの「里帰り」を祝福しているかのようだ。
19時を回っても、うだるような暑さのノエビアスタジアム神戸。試合前のウォーミングアップが始まった。神戸の歴史を彩った懐かしい面々のなか、カズよりも年長はレジェンド永島昭浩だけだ。
唯一の現役選手であるカズは、ボール回しで誰よりも動く。シュート練習ではゴールに背を向けて、ボール出しを買って出る。それが終わるとひとり残って、最後まで黙々とシュート練習。これは現在、アトレチコ鈴鹿での試合前に見る光景とまったく同じだ。
セレモニーの暗転から場内の照明がフルに戻り、スタジアムにアンセムが響き渡るなか、キャプテンマークを巻き、少年の手を握りながら先頭で入場してきたのは、ほかならぬカズだった。長年ずっとカズの試合を追い続けている筆者は人より見慣れている光景のはずだが、この時ばかりはその姿がなんと神々しかったことか。
前半はヴィッセル神戸初期の縦縞ユニフォーム。ひとりだけ襟を立ててピッチを駆け抜けるカズに大観衆が熱狂する。その景色を見て、思わず鼻の奥のほうがツンとなる。タッチライン際でキレキレのシザースで相手を抜き去り、観衆のボルテージも上がりまくりだ。
試合は相手チームに先制されるも、休む間もなくボールをリセットし、プレー再開。代表戦でも、リーグ戦でも、カズは必ず誰よりも早くセンターマークにボールを置く。ファウルからのリスタートも早い。1分1秒でも長くプレーしたいのだ。
【待ってました、カズダンス!】
直後の攻撃。ピッチ中央でボールを持ち、一瞬のタメからのエラシコで対面した朴康造(パク・カンジョ)を抜き、右足アウトサイドでチョップ気味にパス。右横にいた田中英雄がその浮き玉を絶妙のワンタッチでフリースペースへ流すと、そこに走り込んだカズが右足で一閃を放つ。
30分ハーフの10分で予定どおりの全員交代。ベンチでは目立たない2列目で戦況を見守る。昔から自身の「出番」以外は控え目だ。
後半は最新ユニフォームに着替えた。カズは軽快にピッチを走り回る。ドリブルからのシザース、サイドに配球、プレーする楽しさがレンズ越しにも伝わってくる。左腕からずり落ちてしまったキャプテンマークは手に握ったままだ。

「起き上がったら槙野(智章)が『カズさんで』って言うので。そりゃそうだと思いました」(岡野)
淡々とペナルティマークにボールを置くカズ。「持っている」とは知っていたけど、今日この場面で来るか! コーナーフラッグの外まで下がってカメラを構える手に思わずチカラが入る。
来たぁ! 待ってました! カズダンス!
本来ならチームが負けている時はやらないのだが、今日は古巣ヴィッセル神戸30周年チャリティーマッチだ。しかし、タッチライン付近まで来るはずが、なぜかすぐに走りをやめてクルリと背中を向けると、両手を広げてキメポーズ! ええっ、あ、もしかして、田原俊彦の完コピダンス!
一緒にキメポーズを取りたくて集まってきた朴康造も、槙野智章も、野人・岡野も明らかに戸惑っているのがわかる。そんなことお構いなしに、いつもどおりの(カラオケでやっているという)トシさんダンスをやり遂げた。
外れたキャプテンマークは変わらず左手に握ったままだ。そのままコーナーキックも蹴った。交代する時は永島昭浩の腕に、まるで神聖な儀式のようにキャプテンマークを丁寧に巻きつけて、そしてハグ。美しいシーンだ。
18,515人の観衆がなにを望んでいるのか、この男にはわかっているのだ。
【シンガポールから会いにきた記者も】
試合後のセレモニーではMIP賞を獲得。敬愛する田原俊彦の笑い方で喜びを表現して、両軍選手たちの輪に戻ると、カズは深々と頭を下げた。
「楽しくなければサッカーじゃない」
これがサッカーだと言わんばかりの、ただのサッカー少年がそこにいた。
「今日はエキジビションですからね。
いやいや、あの状況で無心で蹴ることができるアナタは、やはりキングなのですよ。正真正銘の。

そんなカズに「30年前にテレビで見てから、ずっと憧れていました!」と声をかけている記者がいた。彼はシンガポールから来たJunさんというサッカージャーナリストで、緊張のあまりカズとあまり会話できなかったというが、筆者にこう話してくれた。
「30年前にイングランドで行なわれたアンブロカップでのカズさんのプレーを見てからずっと憧れていて、サッカージャーナリストになってやっと今日、初めて生でプレーを見ることができました。すばらしかったです! 次は鈴鹿の試合も行きたいです! いつ試合に出ますか?」
ここで、考えてしまった。鈴鹿に取材に行っても、カズはベンチ入りこそすれ、試合に出ていないからだ。
先日行なわれた自身のプロ40周年特別記念試合(JFL第15節vsヴィアティン三重戦@7月7日)では、今季初スタメンでプレーして存在感を発揮した。
トレーニングを40年間、変わらず続けていることは、周りの人間ならみんな知っていることだ。準備は整っていると。だからこそ今回、エキジビションマッチとはいえ、ノエビアスタジアムの大歓声のなかでキレのあるプレーを目の当たりにして、あらためて「カズのプレーをもっと見てぇ!」と感じた人はたくさんいるはずだ。
【朴康造はカズのエラシコに大興奮】
「このMIPは、YouTubeやスカパーなど試合を見ていた人たちすべての投票で決まったって聞いて、それは本当にありがたい、うれしいことです」
目を輝かせて、カズは語る。
2003年から2005年まで神戸でチームメイトとしてプレーし、昨シーズンはアトレチコ鈴鹿の監督として一緒に戦った朴康造は、カズとのマッチアップを興奮気味に語ってくれた。
「カズさんのエラシコ! あれはマジでヤバかったです!」
カズが現役でいてくれる幸せが、プレーを見られる感動が、もう少し続きますように。