日本サッカー界をリードしてきた横浜F・マリノスが今季はながらく降格圏に沈み、一時は最下位にも。この夏にプレミアリーグ王者リバプールと対戦し、悩めるトリコロールは復活の兆しをつかんだのか。
横浜F・マリノスとのプレシーズンマッチを終えた後、リバプールを代表して報道陣の前に姿を見せた遠藤航は、対戦相手の印象についてこう述べた。
「何で残留争いをしているんだろう? いいチームだなという印象を受けましたし、うちの選手たちも『誰々がいい選手だね』、『いいチームだね』という話をしていました。Jリーグのレベルも上がっていると思いますけど、リバプールの選手としては負けたくない気持ちがあったので、最終的には勝ててよかったです」
リスペクトの気持ちのなかに、多少のお世辞も混ざっているだろうが、リバプール陣営がマリノスに対して好印象を持ったのは間違いなさそうだ。植中朝日に先制ゴールを奪われたことで彼らの「負けたくない気持ち」に火がついて、終わってみれば3-1で逆転勝利。力の差は明らかだったとはいえ、マリノスがJリーグで残留争いをしているチームには見えなかったのではないか。
リバプールのアシスタントコーチを務める元オランダ代表ジョバンニ・ファン・ブロンクホルストも、「何でその順位にいるんだ?」という率直な疑問を旧知の仲である宮市亮にぶつけたという。約3カ月間にわたってJ1の最下位に低迷していたチームは、2度の監督交代を経てようやく浮上のきっかけをつかみつつある。
ただし振り返れば、6月15日のJ1第20節アルビレックス新潟戦で敗れた後の雰囲気は最悪だった。試合後の記者会見におけるパトリック・キスノーボ監督の発言にも唖然とさせられた。
「前半はあまり無理をせず、相手の圧力をうまくいなせていたと思います。攻め込まれそうな場面でも堅実に守れていて、相手にボールを前進させないという点でアタッカー陣の(プレッシングにおける)働きは良かったですし、守備面で全体的に良いプレーができていたと思います」
我々は本当に同じ試合を見ていたのだろうか──。プレッシングに狙いは見えたが決して機能したとは言えず、前半だけで二桁のシュートを浴びた。
新潟戦にトップ下で先発していた天野純が「ボールの奪いどころがハッキリしなくて、前目の選手たちは守備にエネルギーを使い過ぎてしまった。いざ攻撃になった時にパワーを使い切れなかった」と述べたように、選手たちは溜め込んだフラストレーションを隠せなくなっていた。
OBの大島秀夫氏ヘッドコーチが監督へ
同じく残留争いをしていた新潟に屈した直後の6月18日、マリノスは再び監督交代に踏み切った。翌19日、キスノーボ監督を解任し、大島秀夫ヘッドコーチが暫定的にチームの指揮を執ることがクラブから正式発表されたのだ。
後任人事でも、ひと波乱あった。西野努スポーティングダイレクター(SD)は早い段階から別の候補に一本化して交渉を進め、本人との合意も取り付けていたが、細部の条件面で折り合わず土壇場で破談に。新監督の具体名も一部メディアで報じられていたなかでの招聘の失敗は、低迷するチーム内の混乱を象徴するような出来事になってしまった。
一方で大島コーチは自らが今季3人目の監督として責任を果たすべく、覚悟を決めていた。暫定的に指揮した6月21日のJ1第21節ファジアーノ岡山戦に0-1で敗れても、クラブや選手たちからの信頼は揺るがず。西野SDからあらためて監督就任の打診を受けた大島コーチは、岡山戦から3日後の6月24日に新監督に就任する。
「マリノスがこういう状況にあってはいけないと思うし、就任にあたってプレッシャーも感じていますけど、とにかくやらなければいけない。自分の全てを投げうってでもクラブのために。
就任会見での言葉の端々からは、決意の強さが感じられた。現役時代に自らの最盛期を過ごし、アカデミーやトップチームのコーチとして長く携わってきたクラブへの愛着も強い。そして、深く関わってきたからこそ、想いだけでなく再建への明確なプランも頭の中に描けていた。
大島監督は暫定的に指揮した岡山戦の前から、一貫して同じ方針を示してきた。ひとつは「選手、スタッフ、クラブのみんなでひとつになって作り上げること」、そしてもうひとつは「自信を持ってのびのび、アグレッシブに、ポジティブにプレーすること」。これらを原点とし、新たに呼び寄せた信頼するコーチ陣とともに、今後の戦い方を選手たちに示していった。
「もともとマリノスの中にあるDNAや文化、変わらないものがアンジェ(・ポステコグルー元監督)の時からあるはずなので、そこは最低限のベースにしないといけないと思っています。ただ難しい状況ではあるので、そういうところも加味しながら、選手全員がのびのびと躍動感を持ってできる体制をスタッフ全員で作り上げていきたいと思っています」
岡山戦前にそう語っていたように、まずは「ベース」の再構築が不可欠だった。昨季も含めてうまくいかない時期が長く続くなかで失われていた規律と規範を取り戻すべく、攻守両面における約束事や共通認識を再定義。スタッフ陣はこれを「交通整理」と呼んでいるが、ピッチ上で何をやらなければいけないのか、何をしてはいけないのかを選手たちに細かく伝え、練習で植え付けていった。
潮目が変わり始めた横浜ダービー
大島監督が就任した直後は連戦でじっくりと時間をかけて練習できず、J1第15節延期分のFC東京戦で0-3、続く第22節の湘南戦で1-1のドローと勝ち点3には届かなかったものの、チームの空気は確実に変わっていく。結果が出ないことに対して"気持ち"で片づけがちだった前任者たちとは異なるアプローチに、選手たちも好感触を抱いていた。
明確に流れが変わったのは、やはり7月5日に行なわれたJ1第24節の横浜FC戦だろう。全てがうまくいったわけではないが、どんなに不格好でも横浜ダービーに勝ち切ったことで、自分たちの取り組みを肯定できるようになった。
以降はリーグ戦の間隔が空いたことで十分な練習を積むこともでき、7月20日に行なわれたJ1第24節の名古屋グランパス戦で3-0という会心の勝利を収めた。ようやく"選手全員がのびのびと躍動感を持ってプレーできる"マリノスらしさが、ピッチ上のパフォーマンスに戻ってきたようだった。
1得点1アシストで勝利に大きく貢献したヤン・マテウスも、「すばらしい試合で、しっかりと結果がついてきた。チームにとって良かった試合だったと思います」と、それまでとは見違えるような充実した表情で試合を振り返った。
「ピッチ上で何をすべきかチーム全体がわかっていて、チャンスをしっかりと仕留め、守備でも全員でハードワークできていました。日々やっていることが結果につながってよかったし、そういった姿勢をピッチ上で見せられたことで、自分たちの取り組みは間違っていないと感じられています」
前線から激しくプレッシャーをかけ、後ろの選手たちはディフェンスラインを高く保ち、全体のコンパクトな陣形を維持する。ボールポゼッションにはこだわらず、攻撃では常にゴールへ向かう縦へのプレーを意識し続ける。
7月上旬のある日の練習で、指揮官はこう言っていた。
「サッカーを(以前の形に)戻した云々と言われますけど、全てがそうではない。ゴールを決めるためには裏を取らなければいけないし、相手ゴールに迫らなきゃいけないのはサッカーの本質の部分だから、そこは絶対に忘れちゃいけない。
ボールを保持して攻撃の時間を長くし、相手に攻め込まれる回数を減らすことが重要なのではない。大事なのは、いかに自分たちのチャンスやゴールの回数を増やせるかであり、そのための方法は極論を言えば何だっていい。かつてアンジェ・ポステコグルー監督が根付かせた"アタッキングフットボール"の原則や本質を、大島監督は"交通整理"によって再び呼び起こしたのである。
期待できる複数の新戦力が加入
名古屋戦の勝利で約3カ月ぶりに最下位を脱出し、巻き返しの機運は高まっている。その傍らではフロントがJ1残留を果たすための補強に奔走し、夏の移籍ウィンドーでは多くの新戦力が加入した。3年半にわたって前線を牽引したアンデルソン・ロペスはシンガポールへと旅立ったが、スクアッドの厚みは増したと言えよう。
いわきFCから加入して名古屋戦でJ1デビュー&初ゴールを挙げた谷村海那は、持ち前のプレーで早くもサポーターの心を掴んだ。「自分は守備でも貢献できる」という言葉のとおり、プレッシングをサボらず、前線でターゲット役にもなってくれるストライカーの存在は貴重だ。
谷村のライバルになるであろうイスラエル代表FWディーン・デイビッドも、リバプール戦で大きな可能性を感じさせるプレーを披露した。動き出しや動き直しの回数が非常に多く、スペース認知やフィニッシュ精度に長けるため、チームメイトたちとの関係性を築ければ後半戦のキーマンになっていくだろう。
同じくリバプール戦でデビューを飾ったユーリ・アラウージョも含め、夏の新戦力たちのフィット具合は今後の戦いを大きく左右する。
今季のJ1残留ラインを40~42ポイントと想定すると、マリノスは残り14試合で20ポイント前後を積み上げなければならない。難しいミッションであることは確かだ。しかし、状況は好転しつつある。
「マリノス、大丈夫?」という質問にも、「大丈夫」と断言はできないが、今なら「いける」と前向きに答えられる。逆襲の準備は整った。トリコロールの戦士たちは自分たちのアイデンティティを信じ、それを進化、そして深化させながら、貪欲に勝利だけを追い求めて突き進む。その先に、残留があると信じて。
(了)
前編 横浜F・マリノス低迷の背景 今季新体制に移行した名門クラブの誤算
中編 横浜F・マリノスの苦悩の根深さを分析 指揮官交代、エースの反乱...