短期連載 プロ野球の「投高打低」を科学する
証言者:大瀬良大地(広島東洋カープ) 前編
防御率1点台の投手が増え、3割打者が消えかかるなど、 "投高打低"が進む今のプロ野球。今回は"投高"の要因に迫りたいが、昨年、両リーグで合計6人が防御率1点台を記録したうち、5人が初の達成だった(いずれも規定到達者)。
大瀬良は長崎日大高、九州共立大を経て、2013年のドラフト1位で入団。1年目から10勝を挙げて新人王を受賞すると、5年目の18年には15勝で最多勝を獲得し、チームのリーグ3連覇に貢献した。翌19年から5年連続で開幕投手を務めてきたが、その間の防御率は3点台前半から4点台後半。投球内容がずっと安定していたわけではなかった。
初の1点台を記録したほかの4投手を見ると、中日の?橋宏斗は高校出4年目、阪神の才木浩人は同8年目、巨人の戸郷翔征は同6年目、ソフトバンクのモイネロは来日8年目(先発転向1年目)の28歳。5人のなかで大瀬良だけが大学出でプロ入りから10年を超え、30代半ばに差しかかっていた。そのように実績と経験がある投手のレベルアップも、"投高"につながっているのではないか。あるいは、レベルアップしやすい野球環境になったからなのか。近年は精密な測定機器が普及し、感覚の数値化が進んだことで、以前に比べて球速の向上、変化球の習得が難しくなくなったといわれる。実際に現場での投手はどうなのか──。大瀬良に聞く。
【スピードに特化した2023年】
「一昨年、23年に入る時のシーズンオフは、球速を上げることに特化して過ごしました。もうちょっとスピードを上げたいなと。当時、周りは150キロを超えるピッチャーが増えてきて、速い人は160キロ近いボールを投げていましたから。その波に乗っていかないと厳しくなってくるんじゃないかなあ、というのもあって」
スピードアップに取り組むのは当然と言うほどに、すんなりと言葉が出る。チーム最年長投手の大瀬良にとって、「周り」はすべて自身より若い投手。速い後輩たちに刺激を受けていたのだ。前年までのトレーニングとはどんな違いがあったのか。
「投球動作の見直し、バイオメカニクスから始まって、ちょうどその頃に流行り出したプライオボールという、ちょっと重たいボールを使って、いろんな種類のボールで練習に取り組むとか。今も継続してそういうものはやっているんですけど、その時はもうスピードに特化し、スピードを上げたいという一心でやっていましたね」
2022年の大瀬良は23試合に登板して8勝9敗。投球イニングは135回1/3で規定に到達せず、防御率は4.72。被本塁打18本、73失点はいずれもリーグワーストと、好調とは言えないシーズンだった。そういうなかで球速向上を目指していたのだ。
「23年のキャンプとオープン戦、シーズンの入りぐらいまでは、平均球速自体、前年よりも4キロぐらいは速くなっていたんです。
【投球術で勝負する投手にシフトチェンジ】
同年の大瀬良は右ヒジ、下半身のコンディション不良もあったなかでローテーションの一角を守った。そのうえでシーズン終了後には右ヒジのクリーニング手術を受けている。球速を上げることと、体のコンディションの悪化との因果関係はわからない。ただ、大瀬良にとっては考え方を変えるきっかけになった。
「球速がすごく速いピッチャーがたくさん出てきている時代なので、逆に投球術とか緩急、駆け引きとかで勝負する。そういうピッチャーのほうにシフトチェンジすれば、速いピッチャーとは対極にあって、数が少なくなっているっていうところで勝負できないかなと考えて。それが昨年からですね」
大瀬良の直球の平均球速は2023年に146キロを超えていたが、昨年は2キロほど減速。それでもシフトチェンジした投球で序盤から安定し、5月から7月にかけて37回1/3連続無失点。6月7日のロッテ戦ではノーヒットノーランを達成した。なかなか打線の援護に恵まれず6勝に留まるも、155回を投げて防御率は1.87。前年は129回2/3で3.61だから大幅な良化だった。
「23年までのシーズンと比べて、僕の球種の変化の方向が増えたこともあると思います。
【多種多様化する変化球】
あとは、投げる球種のパーセンテージですね。カットボールと真っすぐで7割ぐらい占めていたのが6割ぐらいになって、そのぶんほかの球種が増えています。なので、バッターにとって、真っすぐとカットだけを頭に入れていればいいっていう状況ではなくなった。そういうところが、僕にとっては、成績を上げてくれる要因のひとつだったのかな......とは思います」
カットボールは130キロ台後半の球速が出て、大瀬良にとっての大きな武器。真っすぐと同じ握りでやや角度をつけ、同じ腕の振りで投げて微妙に変化する。真っすぐと同じ腕の振りというところが、打者にとって厄介なのだろうか。
「おそらく、そうですね。今年もたぶん、カットボール自体は被打率が1割台で。真っすぐの被打率は高いんですけど、カットボールの被打率は低いので、僕というピッチャーと対戦するに当たっては、めんどくさいボールなのかなあ、と思いますね(笑)」
カットボール、ツーシームのように小さく変化するボールは打者にとって「めんどくさい」。そういうボールを操る投手が増えたことは、"投高"の要因のひとつだろう。
「小さい変化だけじゃないですよね。
スピードに加えて、曲がる方向が増えている。やっぱり、そこに対応していくのはバッターにとって難しいことなのかなと。あとはチェンジアップ。僕の場合はカウントを取る球でもあるんですけど、真っすぐ系の強いボールを待っているバッターは前(投手方向)に出されて、引っかけてゴロアウトになるとか。これまでにないアウトの取り方が増えたのかなと思います」
【高めの真っすぐの有効性】
これまでにないと言えば、もうひとつ、西武の中村剛也も「難しい」と認めていた高めの速球。これが球界全体で増えたことも"投高"につながったようだが、大瀬良を含め広島の投手陣も実践しているのだろうか。
「速くて強い球を投げられるピッチャーは、高めを有効に使っているなと感じますね。それで高めを使えるピッチャーは、そこからワンバンするぐらいのカーブとか、大きくて強い変化球を投げる。バッターから見て、同じ目線からボールが発射されるけど、『そのままくるのか』『そこからブン!』って落ちてくるのか......2球種があるような。
まさにDeNAのトレバー・バウアーはよく高めを使い、そこからナックルカーブが急落下する。150キロ台の直球に対し、ナックルカーブは120キロ台後半と球速差もあるから打者は対応しづらい。「高めの真っすぐを使うピッチャーには、強くて大きく変化する球種もあるんじゃないか」と言う大瀬良に、さらに"投高"について聞く。
(文中敬称略)
つづく