第6代Jリーグチェアマン
野々村芳和インタビュー(前編)

 暑い。今年の夏はとにかく暑かった。

「危険な暑さ」というフレーズは、もはや特別なものでなくなった。

 猛暑日続出の異常気象は、Jリーグにも影響を及ぼしている。いまや世界のスタンダードとなっているプレー強度などが、暑さとともに急降下してしまうのだ。

 いくつかのデータを紹介する。

 J1リーグの1試合平均前方パス数は、2025年2月が163.2本だった。3月は162本で、4月は157.3本、5月は155.4本となっている。4月からリーグ戦とルヴァンカップのミッドウィーク開催が組み込まれ、ゴールデンウィーク期間中は連戦となったことが、微減につながっていると考えられる。

 6月はどうか。146本まで下がる。7月も145本だった。シーズン開幕当初に比べると、20本以上も少なくなっている。2024年シーズンも6月、7月、8月と落ち込みが続き、2月並みの水準に回復したのは12月だった。

【Jリーグ】賛否両論の「秋春制」移行まで1年、野々村芳和チェ...の画像はこちら >>
 1試合平均スプリント回数はどうか。

 2025年2月の125.2回から、6月は115回、7月は108.4回まで減少している。2024年シーズンのデータは、こちらも8月が底である。9月から上昇基調となった。

 そのほかのデータを見ても、6月から9月にかけては落ち込みが顕著だ。ナイトゲームの時間帯でも日中の暑さがしぶとく居座り、日本特有のまとわりつくような湿気が、選手たちを苦しめている。

 これがヨーロッパであれば、シーズン開幕から数カ月後は選手のコンディションが上がっていくタイミングだ。チームのフィット感が高まり、ハイクオリティなゲームが展開されていく。

 Jリーグは来年の北中米ワールドカップ後から、ヨーロッパと同じ「秋開始・春終了」のシーズンとなる(※Jリーグは「秋春制」という表現はしていない)。メリットと課題があるなかでシーズン移行へ踏み切った最大の理由が、「サッカーの質をいかに上げるのか」だった。

 Jリーグの野々村芳和チェアマンの声を聞く。

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【クラブの持続可能な成長を後押し】

「サッカーの質を上げていくのは、Jリーグの持続可能な発展のために、絶対に必要なことです。今の日本の環境下だと、6月から始まる蒸し暑さの影響で、7月、8月、9月のパフォーマンスがどうしても落ちてしまう。

気候の問題は大きい。

 その影響をできるだけ抑えて、よりパフォーマンスが上がる環境を作ろうというのが、僕のなかでシーズンを変える大きなポイントのひとつでした」

 野々村チェアマンが言う「サッカーの質を上げる」とは、実は多くの意味を含んでいる。

 シーズンを通して高いクオリティのサッカーが繰り広げられれば、まずもって選手の成長につながる。目の離せない試合は、観客を惹きつける。観客動員が増え、クラブは入場料収入がアップする。

 リーグのレベルが高いことを数字で示せれば、選手の獲得にあたって「成長できるリーグ」と言うことができる。国内外から有望な選手を獲得できる可能性が高まる。

 日本を含めて代表で活躍している選手(あるいは、そうした実績を持つ選手)が増え、リーグの競技力が国際的に認められれば、放映権料の交渉を有利に進めることができるだろう。マーチャンダイジングの売上げも伸びる。収入の柱となるスポンサー収入の増加も見込める。

 つまり、クラブが増収となる。増収分は選手のサラリーはもちろん、後回しにされがちな育成部門への投資に向けられる期待がある。

いい選手を育て、トップチームに昇格させ、世界へ飛躍させていく──クラブの持続可能な成長を後押しする循環が生まれる。

「選手なら『より高いレベルでプレーしたい』と思うのは当然です。だからヨーロッパへ目が向くわけですが、そのなかでJリーグを選んでもらえる環境をどう作るか、ということを我々は考えています。

 そこにはふたつの要素があって、ひとつは高い年俸がもらえるリーグであること。もうひとつがピッチ上のクオリティで、『Jリーグでプレーすれば成長できる。Jリーグからヨーロッパの5大リーグへ行ける』と、選手たちに実感してもらうこと。それは日本人選手だけでなく、ブラジルの若い選手にも、東南アジアの有望な選手にも、そう思ってもらえるようにしたい。

 ここで言う『成長できる』とは、たくさんのお客さんのなかで高いレベルの試合を重ねていくこと。そのために、サッカーの質を上げる必要があるのです。

 いい選手、いい指導者がJリーグを選んでくれれば、ピッチ上のクオリティは上がるでしょう。ただ、Jリーグとしてすぐにでもできることは、ピッチ上の質向上を促すこと。それがシーズン移行につながってくるわけです。

 Jリーグのクラブが世界のサッカーマーケットに入っていくには、同じシーズンで選手が行き来するようにしないと、ビジネス的な成長が見込めない。ピッチ上のクオリティも上がらない。そういう問題意識が、シーズン移行の根本にあります」

【10年後の日本サッカーを考えて】

 1993年のJリーグ開幕当初の市場規模は、前年にプレミアリーグとしてリニューアルされたイングランドとほぼ同じだった。1990年前半当時の日本は経済大国で、Jリーグのクラブは現役のブラジル代表を獲得することができた。

 それがどうだろう。

 イングランドはサッカーの母国であり、日本は極東の新興国として成長を遂げてきた違いはあるものの、この30数年でプレミアリーグとJリーグの市場規模には圧倒的なまでの開きがある。

 2024年シーズンのJリーグ全60チームの売上高は、1725億円だった。それに対して、プレミアリーグのチェルシーは、2023-24シーズンに900億円を売り上げている。Jリーグ全体のほぼ半分を、チェルシーだけで稼いでいるのだ。

「だからといって、30年後も現状と同じだとは限らない──という思いで、Jリーグを動かしていっていいと思うんです。

 今この時点で、世界の5大リーグと言えば、イングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランスでしょう。だとしたら、30年後の5大リーグに『Jリーグ』が入るようにしたい。そのために今、できることをやっていきましょうよ、と。

 シーズン制についてあらためて言えば、地域やクラブのサイズによって抱える問題は異なります。

 僕自身が2013年3月から2022年3月まで北海道コンサドーレ札幌の社長を務め、当時からさまざまなクラブの方とお話をしてきたので、それはもう十分にわかっているつもりです。目の前の今、戦っているシーズンをどうやって乗り越えていくのか、必死で格闘しているクラブがあることも承知しています。

 そのうえで、5年後、10年後の日本サッカーを考えていきたい」

 シーズンが移行すれば、プレシーズンの準備の時期が変わる。これまでは1月、2月に温暖な沖縄や九州がキャンプ地として選ばれてきたが、秋春制では6月から7月がキャンプ期間となる。

 ここでJリーグは、グローバルな視点に立つ。

 ヨーロッパの2025-26シーズン開幕前のタイミングで、オーストリアのキャンプ地視察をアレンジしたのだ。現地では各国リーグの数多のクラブが、来たるべき新シーズンに向けてキャンプを行なっていた。Jリーグの複数のクラブから、社長や強化担当者が現地に足を運んだ。

【世界のマーケットとつながること】

「次のシーズンに向けたチーム作りの場所と考えるなら、キャンプ地は国内でもいいと思うんです。コンサドーレの社長だった当時は、北海道がキャンプ地に選ばれたら多くのメリットが生まれる、と考えたものでした。Jクラブのキャンプ地にふさわしい施設が整えば、地域の子どもたちや大人たちが、サッカーに親しめる環境が充実することになりますので。

 その一方で、世界のマーケットに入っていくという視点に立つと、いろいろな国・クラブとコミュニケーションを取れるようにしていかなければいけない。オーストリアなどで行なわれるヨーロッパのプレシーズンのキャンプには、いろいろな国からチームが集まってきます。そこで直接的に情報を得る、自分たちの立ち位置を知るのは、ものすごく大切なことだと思うんです。

 日本国内でのキャンプに比べたら、費用はかかるでしょう。ただ、中長期的視点で世界のマーケットに飛び込み、コミュニティを拡げることに価値がある──と考えるクラブも出てくるのでは。キャンプ地では、いろいろなクラブのスタッフが練習試合を見ながら、『あの7番はいいね、何歳? 契約はどうなっている?』といった、生のやり取りをしています」

 Jリーグのクラブがキャンプに参加すれば、日本人選手も「見られる」対象になる。それによって、移籍との向き合い方が変わってくるかもしれない。

「たとえば、ある選手にヨーロッパの2部のチームからオファーが届いたとします。これまでは『選手の挑戦を後押しする』といった姿勢で、本人の意思を優先するクラブが多かったと思います。

 ですが、『オファーが来たあの国の2部は、これくらいのレベル』ということがわかっていれば、『あのクラブに行くのなら、ウチの選手としてJ1でプレーしたほうがいい』とか、『キミの成長を考えたら、もっと上のレベルのクラブに行かせたい』と言えるでしょう。

 世界のマーケットとつながることで、各クラブの強化責任者がそういう判断を下せるようになる──と思うのです」

 シーズン移行によって、Jリーグの競技レベルを上げる。そこから見えてくるものは多く、現在のJリーグが抱える大きな課題を解決する糸口も見えてくる。

(つづく)

◆野々村チェアマン・後編>>「Jリーガーの海外移籍をクラブはビジネスとして扱うべき」


【profile】
野々村芳和(ののむら・よしかづ)
1972年5月8日生まれ、静岡県清水市(現・静岡市清水区)出身。現役時のポジション=MF。清水東高時代に高校選手権に2度出場。慶應義塾大に進学したのち、1995年にジェフユナイテッド市原に加入する。2000年にコンサドーレ札幌に移籍し、翌年に29歳で現役を引退。2013年から札幌の代表取締役社長となり、2015年にJリーグ理事に選任。2022年3月に第6代Jリーグチェアマンに就任する。

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